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経済評論家も「反日」「国賊」と誹謗中傷されバッシング

貧乏国ニッポン

 コロナ禍で日本はこれからどうなるのか、心配している人が多いことだろう。特に不安なのが経済の先行き。いったんご祝儀で株価が戻っても、低迷するのではないか。あちこちの企業の業績が振るわず、長い不況になるのではないか。

 本書『貧乏国ニッポン――ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)は、そんな多くの人の心配事に寄り添った内容だ。そもそも日本はすでに「貧乏国」に転落しており、これからもっと大変になるかもしれない、コロナ禍は序章に過ぎないと手厳しい。

香港のホテルのビールは高い

 著者の加谷珪一さんは経済評論家。仙台市生まれ。1993年東北大学工学部卒。日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は、「ニューズウィーク」や「現代ビジネス」など多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオなどで解説者やコメンテーターなどを務める。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『ポスト新産業革命』(同)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)など著書多数。

 経歴や著書を見ると、日本経済を高く評価し、投資関連のバブリーな仕事をしていた人のように思えるが、タイトルからもわかるように、本書はちょっと色合いが異なる。とにかく、日本は貧乏国なのだ、ということから論を進める。

 例えば、コロナの給付金。米国は年収7万5000ドル(約825万円)以下の全国民に、大人1人あたり最大1200ドルを振り込んだという。米国はスゴイなあと驚いた人が多いのではないか。これは米国では年収1000万円の世帯は高所得とはみなされていないことの一例だという。

 香港のホテルでビールを飲むと、一杯1500円~1800円ぐらい取られることが普通だという話も出てくる。しかし、地元の香港人と思える中国人たちでにぎわっている。それだけ彼らには収入がある。BOOKウォッチで『香港デモ戦記』 (集英社新書)を取り上げた時に紹介したが、香港の一人当たりGDPは日本を上回る。

中国のダイソーは150円

 日本では近年、外国人観光客が増えていた。それについても、著者は、単純な理由を挙げる。日本の物価が相対的に安い。中国人観光客の多くは「爆買い」が目的であり、それは同じ商品が自国よりも安いからだ。ダイソーの100円ショップは中国では150円ぐらいするという。ホテル代も、先進国の中では安い。

 物価が安くて、日本はいいじゃない、と思う人もいるかもしれない。しかし、それは賃金が安いということでもある。したがって住んでいる日本人にとっては、特に暮らしやすいわけでもない、という理屈になる。購買力平価(物価を基準にした為替レート)でドル換算すると、日本人労働者の平均賃金は約4万ドル。米国は約6万3000ドル。オーストラリアは5万3000ドル。かなりの開きがある。

 さらにいくつかの国際比較のデータも紹介している。日本の年金制度はA~Dまでランク化された中で最低のDランク。日本人の実質賃金は過去30年間、ほとんど上昇していない。日本以外の先進国は1.3倍から1.5倍になっている。例えばスウェーデンは賃金が2.7倍になって、物価は1.7倍。日本は賃金が横ばいで、物価は1.1倍。その理由は簡単だ。「日本は国力が大幅に低下し、国際的な競争力を失っており、その結果が賃金にも反映されているのです」。さまざまな統計が、「日本は貧しい国」であることを示しているという。

 ちなみに本書が参照している日本についての手厳しいデータのいくつかは、国連調査で「幸福度世界一」を誇るフィンランド事情を紹介した『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』 (ポプラ新書)』にも出ていた。したがって本書の著者がデータを恣意的に選択しているわけではない、と言えるだろう。

「一種の自己防衛反応」

 興味深かったのは、著者がこうした見方をネット記事などで公開すると、バッシングを受けたということ。一部の読者から「反日」「国賊」など聞くに堪えない誹謗中傷が寄せられるのだという。

 「過激な言動を行う人たちは全体のごく一部ではありますが、それでも束になれば相当なインパクトとなります。筆者自身は慣れましたのでどうということはありませんが、それでも、過激な誹謗中傷がコメント欄に何百と並ぶのを見ると、この国は本当に大丈夫だろうか、と半ば絶望的な気分になってしまいます」
 「一方で、こうした現実を無視し、日本について無条件に『スゴい』と持ち上げる論調の言論に対しては多くの支持やPV(ページビュー)が集まります。新聞やテレビ、雑誌など各種媒体はボランティアで運営しているわけではなく、あくまで営利企業ですから、仮に事実と異なる内容であっても、人気の取れる記事を優先する結果になりがちです」

 著者自身は、「持論を撤回するつもりは毛頭ない」という覚悟ができているとのことだが、「たいていの人は精神的な負担に耐えられません。結果的に不都合な真実について言及する記事は少なくなってしまうのです」と推し量る。

 さらに著者は、こうした誹謗中傷は「一種の自己防衛反応」の結果だと見る。日本が30年近い景気低迷から抜け出せないのはかなりの異常事態。一部の人の気持ちが激しく荒んでしまうのも無理はない、とも記す。

 最近、女子プロレスラーの急死に関連して、誹謗中傷があったことが報じられた。経済に関する言論をめぐっても、類似のことがあるということは初めて知った。

幻の「アズ・ナンバーワン」

 日本はかつて「アズ・ナンバーワン」ともてはやされた時期がある。実際、1人当たりGDPが先進国のトップになった、と言われたこともある。日本人には大きな自信になった。しかし、著者は同じようなことを別の統計で分析する。「購買力平価の為替レートで算定した一人あたりGDP」だ。それによると、日本は先進7か国の中で、トップどころか、4位が最高。この20年間は6位か7位だ。

 「日本は1970年代までは貧しい社会であり、その後、豊かになりかかったものの、再び貧しくなりつつあるという現状をしっかり認識しないと、正しい処方箋を得ることはできません」

 歴代の政権は様々な景気浮揚策をとってきた。橋本・小渕政権は大規模公共事業を中心とした財政政策。小泉政権は規制緩和を軸としたサプライサイドの経済政策。民主党時代は無策。安倍政権は量的緩和を中心としたアベノミクス。経済学の教科書に出ている経済政策は出そろっている。しかしながら著者によれば、各政権における平均GDP成長率は1.0~1.6%でほとんど違わない。(19年までの安倍政権は1.2%、民主党政権は1.6%、小泉政権と橋本・小渕政権は1.0%)。すべての景気対策を実施したが、成果が表れていないと指摘する。

 ポストコロナの経済対策については「打つ手なし」というのが著者のスタンスだ。すべてはアメリカ経済が立ち直ってくれるかどうかにかかっているという。

 日本は長く「貿易立国」が重視されてきた。しかし、今やGDPに占める輸出の割合は18%程度に過ぎない。ドイツの46%やフランスの31%を大きく下回る。日本は輸出大国を前提とした経済議論から脱却し、もっと国内の消費市場を大事にするように方向転換すべきだというのが著者の主張だ。

 余談だが、著者は20年にわたってコツコツ株式投資を続け、数億円の資産があるという。本書ではそのノウハウも多少明かされている。忌憚なく自説を展開できる所以かなと思った。多くの読者にはそこに一番関心があるかもしれない。

 BOOKウォッチでは関連で、『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書)、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『偽りの経済政策』(岩波新書)、『官僚たちのアベノミクス』(岩波新書)なども紹介している。



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  • 書名 貧乏国ニッポン
  • サブタイトルますます転落する国でどう生きるか
  • 監修・編集・著者名加谷珪一 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2020年5月28日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・216ページ
  • ISBN9784344985919
 

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