読むべき本、見逃していない?

「事実無根? 無根ではないですよね」・・・

  • 書名 秘録 退位改元
  • サブタイトル官邸VS.宮内庁の攻防1000日
  • 監修・編集・著者名朝日新聞取材班 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2019年10月18日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・285ページ
  • ISBN9784022516381

 本書『秘録 退位改元――官邸VS.宮内庁の攻防1000日』(朝日新聞出版)は平成から令和への改元の舞台裏について、朝日新聞の取材班がまとめたものだ。BOOKウォッチではすでに読売新聞政治部による『令和誕生―― 退位・改元の黒衣たち』(新潮社)を紹介ずみ。朝日と読売はライバル関係にあり、朝日は安倍政権に批判的で、読売は好意的と言われている。両書は何がどう違うのか。そのあたりに興味を持って、本書も読んでみた。

報道を止めようとした

 両書は同じテーマを扱っているが、「編著者」に決定的な違いがある。読売は「政治部」によるものだが、朝日は「取材班」となっている。これはどういうことかというと、読売版はほぼ政治部による取材をもとにまとめたものであり、朝日版は、政治部に加えて、社会部の記者も参加しているということだ。

 政治部は主として首相官邸や政治家の動きを追う。社会部は宮内庁を担当している。つまり、朝日版には社会部=宮内庁サイドの直接の反応もかなり出ていることが推測できる。サブタイトルにも「官邸VS.宮内庁の攻防1000日」とうたっている。

 改元の号砲を鳴らしたのは、2016年7月13日のNHK午後7時のニュースだった。「天皇の位を生前に皇太子さまに譲る生前退位の意向を宮内庁の関係者に示されていることがわかりました」。特報したのはNHKの社会部。なぜならこの報道は16年度の新聞協会賞を受賞しており、受賞者は「橋口和人・NHK報道局社会部副部長」となっている。

 というわけで、改元への流れは、NHKの「社会部」の報道によってスタートし、それを受けて首相官邸などを担当する各社の「政治部」が動いたという格好だ。

 ところが、この第一報をめぐる記述からして、読売版と朝日版では微妙に異なる。読売は、NHKの7時のニュースで「官邸は大混乱に陥った。・・・NHKの報道を事前にだれも把握しておらず・・・」と書いている。朝日は「首相官邸に激震が走った」「NHKが天皇陛下の退位のご意向を報じようとしている――」「そんな一報が入ったのだ。政府高官はなんとか報道を止められないかと、慌ててNHK関係者に電話した。しかし『一強』と呼ばれて久しい安倍官邸といえども、社会部発のスクープを制御する力はなかった」。こちらは7時のニュース前に政府高官が阻止に動いたが、止められなかったというのだ。

 渾身の徹底取材を重ねたはずの読売と朝日は、「第一報」からズレがある。どちらが本当なのか。ここは後日、朝日で「新聞ななめ読み」を担当する池上彰さんにでも検証をお願いしたいところだ。

「摂政」が難しいなら「特例法」

 今回の「生前退位」は、そもそも平成の天皇のご意向によるものだった。それを実現させたいという宮内庁側と、できればさせたくないという安倍官邸のせめぎあい――単純化すれば、当初はそういう構図になっていた。

 皇室典範では、生前退位は認められていない。天皇陛下は「終身在位」でなければならないというのは、首相の支持基盤である保守陣営では常識だ。それを変えるには皇室典範の改正か、特例法が必要になる。皇室典範に手を付けると、「女性天皇・女系天皇」問題にも波及しかねない。なるべくなら「摂政」を置くことで切り抜けたい。それが難しいなら、「特例法」で。これが安倍官邸の方針だった。

 宮内庁側とは温度差があったことは、読売版にも出ていた。朝日版ではそのあたりがさらに詳しい。ところどころに宮内庁や天皇サイドのリアクションが紹介されているからだ。

 一例をあげれば、NHKのスクープ直後の反応。官邸は「火消し」に走ったという。政権幹部や政府高官は「寝耳に水」「聞いていない」と口をそろえる。宮内庁の山本信一郎次長も「報道されたような事実は一切ない。事実無根」と否定のコメントを出した。これは政府の一員としての型通りの発言だったと思われる。ところが、それに疑問を呈したのは、ほかならぬ陛下だったというのだ。静養先の葉山御用邸で報道への対応について報告を受けると、思わずこう漏らしたと朝日版は書く。

「事実無根? 無根ではないですよね」

 今では天皇が、すでに2010年からごく内輪の「参与会議」で「生前退位」の意向を周囲に漏らされていたことが明らかになっている。「私にはもう、動ける時間があまり残っていない。動けなくなってから準備を始めても遅いのです」と側近に打ち明けることもあったという。読売版も朝日版も、15年から風岡典之宮内庁長官と、官邸の杉田和博官房副長官の間で極秘のやり取りがあったことを伝えている。

陛下のご意向を背負う?

 16年7月のNHKの特報に続いて、8月の天皇の「ビデオメッセージ」で退位の流れが確定する。世論が支持したからだ。朝日新聞はその直後、「参与会議」のメンバーだった三谷太一郎・東大名誉教授のインタビューを掲載、天皇が「摂政」に否定的なことを伝えた。三谷氏はさらにその後、報道各社の取材に、一代限りの特例法ではなく、皇室典範改正で対処すべきだと訴えていた。

 三谷氏は約10年間も参与をしていた。陛下の信頼がきわめて篤かった人だ。ゆえに、「陛下のご意向を背負って発言しているのではないか」という見方が出ていたことも朝日版は伝えている。

 一方で政府は9月下旬、この問題を検討する「有識者会議」を発足させていた。メンバーは6人で10月17日に初会合。御厨貴・東大名誉教授が座長代理として仕切った。27日には有識者会議がヒアリングする16人の専門家も決まった。ところが、首相に近い保守系の人がかなりおり、その後のヒアリングで「退位反対」「摂政で」などの意見が強く出たことで話がややこしくなる。

 朝日新聞は16年12月1日付の朝刊で、陛下が望んでいるのは「退位制度の恒久化」だという「陛下の長年の友人」の証言記事を掲載した。毎日新聞も同じ日にほぼ同内容の記事を掲載している。この友人は、明石元紹氏。学習院高等科まで陛下の同級生だ。

 毎日新聞によれば、NHKが「生前退位」を特報した約1週間後の7月21日、宮内庁職員から明石氏のところに「陛下がお話ししたいとおっしゃっている」と電話があった。陛下が電話に出られ、摂政には否定的な考えなどを表明されたという。ヒアリングで「退位反対」の声が噴出する中での、「ご学友」の発言――どう考えても、天皇サイドの巻き返しだ。官邸は慌てたことだろう。

 実は、明石氏が7月に陛下と話した後、時期は不明だが、杉田官房副長官と面会していたことも毎日新聞には出ている。杉田氏からは、特例法で対処する方針を告げられたという。「明石証言」の新聞への登場はその後のことだと思われる。政府が「特例法」で対処しようとしていることを知りつつ、「ご学友」があえてマスコミに「恒久制度化」を証言したわけだ。このころさらに、陛下が12月23日の誕生日に合わせて「第二のビデオメッセージ」を出すのではないか、という観測も浮上してくる。

 そうした中で、有識者会議の御厨座長代理は12月14日に記者会見。「退位は認めるべきだが、将来にわたって通用する退位の要件を定めるのは困難」という会議の大勢を示す。これを受けて夕刊には「退位、特例法提言へ」という大見出しが躍る。方向性は固まった。

 時期は不明だが、朝日版は御厨氏が都内のホテルで、「宮内庁長官の名代」と称する人物と極秘に会ったことも明かしている。その人物は、「一代限りの特例法となれば、陛下一人のわがままのように思われてしまう。皇室典範を改正し、安定した制度にしなければならない」と訴えていたというのだ。

 元参与やご学友、「宮内庁長官の名代」・・・さらには「第二のメッセージ」までちらつくなど、退位問題では12月中旬までまさに息詰まる攻防が続いていたわけだ。このあたりの宮内庁=天皇サイドの動きは、朝日版が手厚い。

 御厨座長代理は12月23日、読売新聞のインタビューに登場、そこで、「特例法」自体が「自動的に先例化する」と語った。つまり将来、同じような事態が起きたときは今回の「特例」が「先例」として踏襲されるというわけだ。微妙な落としどころといえる。ちなみに御厨氏は、官邸の杉田官房副長官と東大茶道部の先輩後輩で、親しい間柄なのだという。

「笑って別れよう」

 朝日版で面白かったのは、「令和」の考案者、中西進国際日本文化研究センター名誉教授と、中西氏をマークしていた若き政治部記者とのやりとりだ。記者は18年10月に早々と中西氏に会い、19年2月からはほぼ毎週会った。中西氏は富山市にある「高志の国文学館」の館長も務め、京都から週一回のペースで出勤している。記者は東京から毎週そこに出向く。自然と打ち解ける。中西氏は自分が元号案の考案者の一人だということは認めなかったが、とてつもない企画にOKした。

 4月1日、元号が決まった日に中西氏を交えて、朝日新聞オピニオン面で新元号についての座談会をするという企画だ。すでに考案者の一人だということを突き止めていた石川忠久・元二松学舎大学学長にも依頼し、了承を得た。ビッグ座談会が実現するはずだった。

 ところが直前の3月27日、記者の携帯に中西氏から連絡が入った。いつになく慌てた様子だった。座談会担当のオピニオン編集部の記者とすぐに連絡を取りたいというのだ。取り次ぐと、「座談会を欠席したい。理由は聞かないで欲しい」。急変に納得できない政治部の記者はただちに中西氏の京都の自宅に向かう。翌日、何とか少し話せた。

 座談会に出られなくなった理由を聞くと、「多分、あなたが考えている理由と同じでしょう」。先生が元号案を出しているからですね、と畳みかけると、「ノーコメント」。なぜ昨日になって急にダメになったのかと聞いても、「そういうことになったからだ」と埒が明かない。最後の言葉は、「せっかくずっと付き合ってきたのに、お互い不幸だ。笑って別れよう」だった。

 記者は、「翻弄されているのに、どこか憎めない。それが中西というひとだった」と振り返っている。そういえば後日、朝日のオピニオン面に、ほぼ一面をつぶすような中西氏のロングインタビューが出ていたことを思い出した。あれはきっと座談会を欠席したことの埋め合わせだったのだろう。なかなか律義な人だ。

 最後に読売との違いをもう一つ。読売版では安倍首相が「令和」を知ったのは19年3月26日となっている。朝日版は27日だ。細かいところだが、どっちだったのだろうか。

 歴史の節目を単行本化した読売の『令和誕生――退位・改元の黒衣たち』と朝日の『秘録 退位改元――官邸VS.宮内庁の攻防1000日』。サブタイトルからもわかるように、切り口が異なるので単純に比較できない面がある。両方読めば面白さが何倍にもなるとお伝えしておきたい。

 BOOKウォッチでは三谷氏の『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)、大嘗祭関連で『縄文の神が息づく 一宮の秘密』(方丈社)、『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)など、「天皇家」の成立については『中世史講義』(ちくま新書)、新天皇の著作では『水運史から世界の水へ』(NHK出版)なども紹介している。

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