今の日本で最もエライ学者はだれだろうか。最近は、ちょっと見当たらないんじゃないの?と思うなかれ。いますよ、この人、本書『日本の近代とは何であったか』の著者、三谷太一郎氏だ。
専門は日本政治外交史。東大名誉教授にして学士院会員、文化勲章受章者。そして何よりも元宮内庁参与という肩書が他の学者を圧する。
一般にはなじみがないが、宮内庁参与は天皇家の相談役。天皇や皇后と2か月に1回ほど様々な事柄について意見交換する。現在の参与は5人。宮内庁の長官や侍従長、最高裁長官、警察庁長官、検事総長の経験者で、いずれも元高級官僚だ。そこに時折、高名な学者が名を連ねることがある。かつては刑法の泰斗で文化勲章も受賞した団藤重光氏が入っていた。
三谷氏は2006年から15年まで約10年間も参与を務めている。ということは両陛下の信頼が相当篤かったということだろう。この間にかなりの回数の「意見交換」をしたことがうかがえる。実際、天皇陛下が初めて「生前退位」のご意向を表明されたのは、10年7月の参与会議の席だったとされる。
産経新聞によると、出席者は両陛下と、三谷氏を含む当時の参与3人、宮内庁長官ら。陛下が突然、「近い将来、健康上の問題が起きる前に、譲位を考えたい」とご発言。社会の高齢化にも言及し、「皇室も例外ではない」とも述べられたという。三谷氏は「『譲位』という言葉だったが、明確な意思表明をされた。まさに驚きだった」と同紙で振り返っている。
それから6年を経て16年7月、NHKのスクープで「生前退位のご意向」が報じられ、事態が急速に動く。有識者会議を経て、特例法の成立へと突き進んだ。
そんな現代史のきわめて生々しい現場にも居合わせた三谷氏が「日本の近代」について論考したのが本書だ。2017年3月刊。内容については、すでに多数の新聞や雑誌で採り上げられているので、ここでは詳述はしない。岩波新書として久々の大ヒットで、ロングセラー間違いなし。6月段階の東大本郷生協の売り上げランキングでは新書部門2位。アマゾンでは7月末現在も岩波新書部門のトップを続けている。近代国家日本がどのようにしてできたのか、そんなことに関心があるインテリなら、必ず読まねばならない本の一冊となりつつある。
著者は教育勅語の成立過程にも詳しい。最近、安倍政権が、教育勅語を憲法や教育基本法に反しない形で教材として使うことを認め、文部科学大臣も道徳の教材に使うことを否定せず、副大臣は、朝礼での朗読も教育基本法に反しない限り問題ないと表明した。そのことについて朝日新聞のインタビューに応じた三谷氏はこう語っている。
「戦中の教育の風景が再現される可能性が出てきたようで、大変驚いています。戦後70年が、まるでなかったかのような気がします」
「私は、戦前の天皇制の一側面として教育勅語の制定過程について大学で講義しました。歴史教材として取り上げるのは当然です。しかし、道徳の教材となると、憲法や教育基本法に抵触する疑義がある。これを容認する閣議決定は、少なくとも妥当とはいえません」
単なる一学者のコメントではない。宮内庁参与を10年務めた、天皇家の信頼が篤いとみられるアカデミズムの最高権威のコメントである。天皇陛下はこの問題について、どう考えておられるのだろうか? 安倍政権は、この三谷氏のコメントをどう受け止めているのだろうか?
そんなことも考えながら、改めて本書を手に取り、日本の近代について考えると、面白味が倍増するかもしれない。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?