2017年11月21日に、現役の首脳として世界最高齢の93歳だったジンバブエの大統領、ロバート・ムガベが、事実上のクーデターをきっかけに辞任した。1980年から37年におよぶ支配。「独裁者」の名を欲しいままにしたムガベだが、南アフリカのネルソン・マンデラよりも「英雄」という声が現地にあった。本書『堕ちた英雄』(集英社新書)は、朝日新聞ヨハネスブルク支局長の石原孝さんがその真実に肉薄したルポルタージュだ。
辞任の4年前の13年6月、石原さんは第5回アフリカ開発会議のため来日したムガベに横浜市内のホテルでインタビューした。その模様から本書は始まる。ムガベに単独取材する、めったにないチャンスだった。アフリカ開発会議は、日本政府が主導して開催した。それゆえの24年ぶりの来日だった。
10人以上の側近に囲まれた中でのインタビューで、ムガベは欧米からの経済制裁を非難し、1カ月後の大統領選挙への意欲を語った。
「100年後になったら引退を考える。今は選挙に出て、経済制裁に対抗するだけだ」
最後に、元気の秘訣を尋ねると、「それが知りたいなら、ジンバブエに来ることだ。秘訣を教えてあげよう」。「分かりました。いつかジンバブエで」というやりとりで別れた。
その4年後、石原さんは南アフリカのヨハネスブルク支局に赴任し、わずか2カ月後に軍の裏切りによってムガベが辞任に追い込まれる政変に出くわす。生地のクタマという村を訪れるところから、生い立ちの記述が始まる。
ジンバブエは、イギリスの植民地時代、南ローデシアと呼ばれた。ムガベは、熱心なキリスト教徒の母の存在もあり、村にあったイエズス会の学校に通うことができた。1945年に故郷を離れ、キリスト教系列の学校で教壇に立った。さらに南アフリカの大学に入学、文学を専攻した。ネルソン・マンデラらアパルトヘイト廃止を求める活動家たちの後輩にあたる。ムガベは教育熱心で、独立後は初等教育の無償化を実現、90%を超える国内の識字率の高さはアフリカ随一だという。
1958年にガーナに移り住み、独立を果たした国の姿を知り、ガーナ出身の女性と最初の結婚をする。母国に帰り、独立闘争にのめり込む。逮捕・投獄され10年後に釈放される。79年に白人政権と停戦が成立、イギリスは黒人勢力による独立を認めた。80年に総選挙が行われ、ムガベが率いる政党が多数を占め、新しい国の名前は「石の家」を意味するジンバブエとなった。
政権を握ると、ライバル政党のメンバーや元ゲリラ兵を殺害・誘拐する作戦を83年から数年間続けた。北朝鮮で特殊訓練を受けた国軍の部隊が実働隊になった。犠牲者は約3000~2万人と見られる。石原さんは南アフリカに赴任するまで、この虐殺の詳細を知らず、国際社会の眼はマンデラの解放を求める運動に向いていた、と勉強不足を自戒している。
元ゲリラ兵の夫を虐殺された女性に取材している。彼女はこう語った。
「独立や黒人の解放のためにともに闘ったのに、なぜ私たちを差別したのかを彼に問いただしたい。独立前は、民族の違いなんて関係なかった。彼が民族差別をつくり出した。権力のために、私たちを殺し、拉致した。白人が支配していた当時の生活のほうがましだった」
ムガベの失政について、石原さんは元ゲリラ兵との関係の悪化を理由の一つに挙げている。年金の支給が遅れ、クーデターの動きも出た。それを抑えるため、一時金だけでも350億円という手当の増額を決めた。財源の裏付けはなかった。
当初は白人とも融和的で経済も順調だったが、元ゲリラ兵の要求に応えるため、白人の土地を強制的に奪う土地改革を行い、反発した欧米諸国から経済制裁を受けた。2008年には年率2億3000万%以上のハイパーインフレに陥った。本書にはゼロが13も並ぶ10兆ジンバブエドル(ZD)紙幣の写真が載っている。どうやって人々が、この窮状をしのいだのか、生活の苦心が紹介されている。
ムガベは1996年、72歳のときに31歳の女性、グレースと再婚した。この妻が大の浪費好きで、「ジンバブエのイメルダ夫人」などと呼ばれた。国民の反発を買い、2017年、最終的には国軍が動き、ムガベは辞任を余儀なくされた。事実上のクーデターだった。
そして、2019年9月6日、シンガポールの病院でムガベは亡くなった。95歳だった。
最終章で石原さんはムガベとマンデラを比較している。黒人ファーストの政策を進めながら、腐敗し「独裁者」と呼ばれたムガベ。土地改革を行わず、今でも白人支配が残る南アフリカ。だが、マンデラは「人種差別をなくすために闘い、自由で平等な世界の実現に向けたビジョンを国内外に示し続けた」と石原さんは評価する。
もう一度、ムガベに会う機会があれば、こう質問したかった、と本書を結んでいる。
「マンデラのように世界中から愛される英雄になれなかったのは、なぜだと思うか?」
石原さんは1981年生まれ。長く所属した朝日新聞・大阪社会部では、森友学園の小学校建設をめぐる問題を取材した。南アフリカのヨハネスブルクへの転勤は、ずいぶん環境が違い、大変だと思ったが、ロンドン大学東洋・アフリカ研究学院修士課程を修了、「アフリカ政治をかじっていた」ので、ストライクゾーンぴったりの異動だったようだ。
BOOKウォッチでは、朝日新聞ナイロビ支局に勤務した三浦英之記者の『牙――アフリカゾウの「密猟組織」を追って』(小学館)を紹介済みだ。
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