読むべき本、見逃していない?

中国で20回以上拘束された朝日新聞特派員

潜入中国

 朝日新聞の中国特派員などを務めた峯村健司記者が、中国取材の内幕を書いた本を出したというので、さっそく手に入れた。『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』 (朝日新書)。峯村記者は、優れた国際報道をしたジャーナリストに贈られるボーン・上田記念国際記者賞の2010年の受賞者だ。中国、とりわけ中国軍の深奥に関するスクープ報道で知られる。

取材現場で数々の危ない体験

 峯村記者の名を知らしめたのは、2008年の「中国、初の空母建造、中型2隻、来年着手」の世界的な特ダネだ。上海市からカーフェリーで1時間。長江河口の中州に浮かぶ東西27キロの島がその製造場所だ。オレンジ色のクレーン群がひしめいている。造船会社や軍関係者に接触するため5回の潜入取材を重ねた。

 峯村記者は単に高官から情報を入手し、記事を書くという記者ではない。常に果敢に現場を踏む記者でもある。本書はスクープの内幕を記すとともに、取材現場での数々の危ない体験についても振り返っている。空母取材ではスクープの約1年後にも進捗状況を見るために再潜入している。島中に監視カメラが張り巡らされ、100メートルおきに国家安全省の職員が目を光らせる。何とか一人の作業員との接触に成功し、彼らの作業着を借りて目立たないように変装する。そして労働者たちの酒席に飛び込み、彼らのナマの声を聞く。日本国内でも冷や汗ものの行動を、中国の、しかも秘密基地で敢行するのだから、普通の記者ではできない。

 07年の北京赴任以来、中国特派員として6年間の勤務で、短期も含めれば当局には20回以上も拘束された。捕まるたびに恐怖に苛まれ、釈放後も不眠に悩まされることが少なくなかったという。仕事を終え帰宅した時は必ず、妻と双子の子どもが「川の字」になって寝ている姿をのぞき、安否を確認した。特に中国軍の機微に触れる報道や共産党の内部文書に関する記事を書いたときは気が気でなかったという。ありえないとは思いつつも、報復として家族に何か危害が及ぶのではと心配だった。

茂みに隠れてカメラを構える

 本書では11年初頭、四川省成都で、レーダーに察知されにくい次世代ステルス戦闘機の取材をした時のことも書かれている。現場は航空機メーカーに併設された飛行場。もちろん招待された取材ではない。こっそり周辺の茂みに隠れ、試験飛行が始まるのを待つ。外観はF-22そっくり。レンズを鉄条網に近づけシャッターを切る。エンジントラブルでこの日は離陸しなかったが、ホテルに戻り、朝日新聞東京本社に写真と原稿を送った。世界のメディアで初めて実機の直接撮影に成功した。

 問題は翌日に起きた。四川料理店を出ると、警察車両4台が店を囲んでいた。3人の警察官が近づいてきて無言で腕をつかんだ。「何の容疑だ」「令状はあるのか」とただしても、表情を崩さない。車両に押しこめられ、近くの警察施設で尋問が始まった。

 「新型戦闘機の情報を誰から教えてもらったのか」。軍内部の情報提供者を探ろうとする。「おまえのパソコンのメールから、戦闘機の写真を第三者に送っているのが見つかった。容疑はスパイ罪だ。自衛隊か、外務省か。それとも公安調査庁に頼まれたのか」。

 英語での自己紹介もするように言われた。「おまえの英語は流暢だ。五角大楼(ペンタゴン=米国防総省)に友人は何人いるのか」。米軍とのつながりにも関心を示していた。

 7時間ほどたって、取調官が一枚の紙を差し出した。これにサインすれば今日のところは釈放するというのだ。「違法に写真を撮影した・・」という趣旨のことが書いてあった。サインをしたら容疑を認めたことになる。峯村記者は「今回の行為が誤解を招き・・・」という趣旨に全文を書き直し、交渉する。相手は不満そうだったが、その紙に半ば強制的にサインをして手渡した。拘束から9時間以上が経って、ようやく釈放された。

世界最強のハイテク監視国家

 数々の危ない橋を渡りつつ、何とか切り抜けてきた峯村さん。今の中国では、もうそのような取材は不可能だという。中国が急ピッチで世界最強のハイテク監視国家に様変わりしたからだ。

 18年春から、訪中する外国人は空港で指紋と顔画像を採取されている。中国国内には「天網」と呼ばれる監視カメラが1億台以上も設置され、入国した人物がどこで何をしているか、瞬時で割り出すことができる。役人同士や軍人同士が無断で会食することを禁じる内規もできた。ましてや外国人記者との会食など、簡単にはできなくなっている。

 中国メディアで働く中国人は峯村さんにこう言う。「あなたよりも自分の国の内情をよく知っている。しかし、自分の判断で書けることはほとんどない。ジャーナリストとしては悔しいけど、この国の報道の自由のためには外国人記者に頑張ってもらうしかない」。

 いったい、これからの中国取材はどうすればいいのか。いくつかのヒントが記されているが、いずれも心細い。

 本書は中国軍がテーマになっていることもあり、内容の専門性と正確性を高めるため、数人の自衛隊関係者の肩書と実名を挙げ、原稿を事前に読んでもらい、修正補筆していることを明らかにしている。通常は内密にされるところだが、わざとオープンにしているのだろう。そういうこともあり、本書は政府、自衛隊・警察、中国ビジネス関係者なども安心して手に取れる一冊となっている。中国側も精読しているに違いない。

 BOOKウォッチでは関連で、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)、『ルポ 隠された中国』(平凡社新書)、『チャイナスタンダード』(朝日新聞出版)、『習近平のデジタル文化大革命』(講談社+α新書)、さらに韓国で「無期限立ち入り禁止」を食らった朝日新聞特派員の『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)などを紹介。また諜報関係では『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)、『自衛隊の闇組織――秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)など、新時代の戦争については『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)、『ドローン情報戦――アメリカ特殊部隊の無人機戦略最前線』(原書房)も取り上げている。

  • 書名 潜入中国
  • サブタイトル厳戒現場に迫った特派員の2000日
  • 監修・編集・著者名峯村健司 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2019年9月13日
  • 定価本体810円+税
  • 判型・ページ数新書判・248ページ
  • ISBN9784022950321

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