書店に行くと、コミックスのコーナーが一角を占めている。コミックスとは雑誌に掲載された作品を再録した二次利用作品だ。でもマンガといえば、コミックスのことだと思っている人も多いだろう。だが、作品としてのマンガを論じるときは、初出の雑誌媒体を扱うのが常だった。本書『「コミックス」のメディア史』(青弓社)は、コミックスという「モノ」から戦後のマンガ史をたどった労作だ。
著者の山森宙史さんは、1987年生まれ。四国学院大学社会学部助教。専攻は社会学、メディア史研究、サブカルチャー研究。本書は関西学院大学大学院社会学研究科に提出した博士論文に大幅な加筆と修正を加えたものだ。版元の青弓社は、こうした論文を見つけて、単行本にするのがうまい。BOOKウォッチでもいくつか紹介してきた。
もとは学術論文だが、扱っているのがマンガということもあり、叙述は平易で、評者は「あれも読んだ、これも読んだ」と懐かしい気分で楽しく読み終えた。
コミックスはいつごろ登場したのか。これについては1966年とはっきりしている。コミックスは「マンガ単行本」あるいは単に「単行本」とも呼ばれる。「マンガ単行本」そのものは、コミックス以前にもあった。戦前に田河水泡『のらくろ』をはじめ、子供向け漫画単行本は盛んに出版された。描き下ろしの漫画単行本もあった。
ところが戦後、大手出版社がマンガの主軸を雑誌に切り替えていく中で、残ったのは「赤本」というB6判のマンガ単行本だった。中小零細出版社が手掛け、「通俗的な内容と粗悪な造本」から「低俗出版物」の代名詞になったという。「マンガなんか読んでないで」という世の母親たちの厳しい視線は、この「赤本」に由来するのかもしれない。
その後、1950年代半ばにカッパ・ブックスなどの新書が一般書で登場、66年、新書判コミックスが一斉に発刊された。小学館のゴールデンコミックス、秋田書店のサンデーコミックス、集英社のコンパクトコミックス、朝日ソノラマのサンコミックス。「コミックス」という名前の誕生だ。後の「ゴルゴ13」を彷彿とさせる、さいとう・たかを『007シリーズ死ぬのは奴らだ』(小学館)、石森章太郎『サイボーグ009』(秋田書店)もこの時に出た。
「コミックス」という名称について、山森さんは、60年代に創刊された青年マンガ誌が「劇画」と区別するために付けた「コミックス」という名称に由来するのでは、と推測している。
この新書判コミックスは当然、「書籍」として流通した。ところが、67年に講談社が創刊した講談社コミックス(KC)は、画期的な手法で登場した。雑誌扱いで配本したのである。この雑誌ルートによって、書籍を取り扱わない小さな雑誌専門の本屋や書店以外の小売業まで販路が広がり、発行部数は飛躍的に伸びたという。
「少年マガジン」で連載し、KCでコミックスとして再利用するという循環は、各社が真似るようになった。そして69年創刊のジャンプ・コミックス(集英社)と70年創刊の少年チャンピオン・コミックス(秋田書店)では、「雑誌掲載時から既に単行本化が想定される雑誌出版への一企画へと性格を変えるようになった」と書いている。
流通の上でも企画の上でも、雑誌としての性格を強めていった「コミックス」。これに対して、75年に登場した「マンガ文庫」やA5判のマンガ単行本は書籍として流通した。特に後者は「マイナー性」を獲得、それなりに商売になってしまうという現象を生んだ。
本書は第4章で本屋とコミックスの関係を論じ、常設のコミックコーナーができるまでの経緯を追っている。書店経営者のマンガへの偏見や世間の「悪書追放運動」もあり、常設のコミックコーナーは60年代後半でも考えられなかったという。
70年代になり、学生運動が退潮。学生の読書文化が変わり、教養書・人文書が売れなくなった。その穴を埋めるようにコミックスが書店に浸透していったようだ。日販などの取次会社が販売促進誌を通して、店舗レイアウト図などを紹介、急速にコミックコーナーが全国に広まったという。
70年代に地方で少年時代を送った評者の記憶でも、コミックコーナーがある書店とない書店が混在しており、その有無がまだ書店の格を形づくっていたような気がする。現在のようにどこの書店でも当たり前のようにコミックコーナーがある時代ではなかった。
2017年に推定販売金額で、電子コミックスが初めて紙のコミックスの売上を上回った。著者は、「デジタル化以降のマンガとは、はたしていままでと同様に『メディア』として論じることが可能なものなのか」と疑問を呈している。そして、本書は「コミックス」という世界の入り口にようやく立った、と結んでいる。
若い読者には電子コミックスが当たり前となり、紙のコミックスについての関心は薄れているのかもしれない。だからこそ、ようやく出現したコミックス研究の書に拍手を送りたい。
BOOKウォッチでは、マンガ関連で『サブカル勃興史』(角川新書) 、『谷口ジロー 描くよろこび』(平凡社、コロナ・ブックス)、『マンガの「超」リアリズム』(花伝社)などを紹介している。
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