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持統天皇はなぜ31回も吉野に行幸したのか

検証 奈良の古代遺跡

 大和は国のまほろば。日本の原郷とされている。本書『検証 奈良の古代遺跡――古墳・王宮の謎をさぐる』(吉川弘文館)は奈良県各地の古墳、王宮跡など31遺跡を取り上げ、それぞれの特徴を解説しながら被葬者の推理に踏み込んだものだ。多数の写真や図面、地図が掲載されている。本書を手引きにロマンに満ちた古代に思いをはせながら歴史散歩をしてみるのもよいだろう。

治水で統治

 著者の小笠原好彦さんは1941年生まれ。滋賀大学名誉教授。奈良国立文化財研究所の主任研究官もしていた。著書に『日本古代寺院造営氏族の研究』、『日本の古代宮都と文物』、『古代豪族葛城氏と大古墳』などがある。

 本書は「大和の古墳時代」「飛鳥の古墳と被葬者」「飛鳥の宮殿」の三部構成。それぞれで10か所ほどの古墳や遺跡が登場する。

 「はじめに」で小笠原さんは、奈良盆地の地形的な特徴について書いている。

 ・奈良県は古代には大和と呼ばれ、大和政権の本拠となったところである。
 ・古代政権が成立した奈良盆地は、北から南へ佐保川、秋篠川、富雄川が流れ、東南から北へ初瀬川、南から北へ飛鳥川、曽我川、葛城川、高田川などが流れこみ、これらの河川は大和川として合流し、その西で河内へ流れ込んでいた。
 ・このように大和のすべての河川が、大和盆地のほぼ中央部で一つに合流して流れることは、他地域にさきがけて、これらの諸河川を治水するために、強力な政治権力が形成され、大和政権に発展したとみてよい。

 この指摘は評者にとって目からウロコだった。本書では「巨勢山古墳群」を解説するくだりで、奈良盆地の俯瞰的な地図を掲載している。いくつもの川筋が盆地の中央部で一本にまとまり、大和川となって西方を目指して流れていく様子を視覚的に理解できる。奈良に住んでいる人にとっては常識かもしれないが、評者のような他県人にとっては、大和の地政学的な特徴と、古代のパワーポリティックスがすんなり頭に入る説明だった。

 大和川は大阪湾とつながる。さらに水上交通を通じて中国や朝鮮半島にも開かれていた。その大前提として、奈良盆地内の河川の制御が必要だった。

 しばしば「河を治める者が国を治める」といわれてきた。時代は下るが、武田信玄が「信玄堤」という堤防などで、甲府盆地の河川の氾濫を防ぎ、新田開発に努めたことはよく知られている。古代の大和ではおそらく渡来人の土木のノウハウが導入されたのだろう。

 そういえば『ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡』(新泉社)には、奈良盆地に弥生文化を根付かせたのは渡来人の可能性が強いことが記されていた。この地の縄文人が稲作を採用したのではなく、ここに新たに「ムラ」を成立させたのは「ヤマト」在住の人ではなかったとみてよいであろう、と書いてあった。

掘ったら温泉が出た

 冒頭にも書いたように、本書では各古墳の埋葬者について推理している。有名どころを拾っていくと、石舞台古墳。巨石の積み重ねで知られる。これについて過去の研究を紹介しつつ、「蘇我馬子の墓」説を継承している。そして、なぜ副葬品が少ないのかという謎にも迫っている。そのほか、キトラ古墳については弓削皇子、高松塚古墳は忍壁皇子の可能性が高いことを示唆している。古墳と被葬者の関係に関心が高い読者には一読をすすめたい。

 本書の中で、きわめて興味深かったのが「吉野宮跡」(宮滝遺跡)についての推論だ。奈良の南端部、吉野川流域にある吉野宮は、『日本書紀』では応神、雄略天皇のときから行幸の記事がある。大海人皇子(後の天武天皇)がいったん逃れ、672年に壬申の乱で蜂起したところでもある。天武の皇后はのちに持統天皇となり、即位した690年から皇位を譲る697年までの間に、実に31回も吉野に行幸している。なぜかくも頻繁に行ったのか。

 小笠原さんは実際に現地を歩いて、一つの手がかりを得る。すぐ近くにある温泉の経営者に、湯が見つかった経緯を聞いたところ、1959年、伊勢湾台風で被害を受けたフェンスの復旧工事で地面を1.3メートルほど掘ったら、温泉が出たというのだ。小笠原さんは、それならば、吉野宮でも宮建設の折に温泉が出たのではないかと思いつく。

 当時すでに、兵庫の有馬温泉や、和歌山の白浜温泉などは知られていた。持統天皇は690年の5月と8月に吉野を訪れ、9月には紀伊の白浜温泉に行幸している。当時の温泉は潔斎し、身を清める場でもあった。小笠原さんは、持統天皇が繰り返した吉野行幸について、「吉野宮で温泉の湯に浸りながら、禊の神事を重ねて心身をリフレッシュし続けたことが想定される」と書いている。ちょっと意外だが、そうかもしれないと思ってしまった。

 BOOKウォッチでは関連で、『新版  古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)、『考古学講義』(ちくま新書)、『天皇陵古墳を歩く』(朝日選書)、『世界遺産 百舌鳥・古市古墳群をあるく』(創元社)、『「異形」の古墳――朝鮮半島の前方後円墳』(角川選書)、『渡来人と帰化人』(角川選書)、『古代韓半島と倭国』 (中公叢書)、『ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡』(新泉社)なども紹介している。

  • 書名 検証 奈良の古代遺跡
  • サブタイトル古墳・王宮の謎をさぐる
  • 監修・編集・著者名小笠原好彦 著
  • 出版社名吉川弘文館
  • 出版年月日2019年7月18日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・210ページ
  • ISBN9784642083560
 

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