新幹線は既存の路線とは違い、大都市から大都市へと最短で結ばれていると思いがちだが、決してそうではない。地図や鉄道、近現代史をライフワークとする竹内正浩さんの新著『新幹線全史』(NHK出版新書)を読むと、駅や路線の選定には、「政治」と「地形」の影があったことがわかる。
本書の構成と主な見出しは以下の通り。
第1部 新幹線の誕生 第1章 新幹線計画の原点 明治時代に存在した最初の高速鉄道計画 第2章 東海道新幹線 東京のどこに駅を設置するかという大問題 第3章 山陽新幹線 戦前から計画されていた新神戸の位置 第2部 拡大する新幹線路線 第4章 新幹線と列島改造 田中角栄の登場と全国新幹線網 第5章 東北新幹線 開業の裏にちらつく鈴木善幸の影 第6章 上越新幹線 なぜ「燕三条」という駅名になったのか 第3部 凍結された計画の復活 第7章 国鉄民営化と新幹線 息を吹き返した新幹線計画 第8章 北陸新幹線 長野オリンピックが後押しとなった路線 第9章 九州新幹線・西九州新幹線 末端区間から着工された九州新幹線 第10章 北海道新幹線 「山線」ルートへの根本的疑問 第11章 ミニ新幹線とリニア新幹線 リニア中央新幹線の行方
東海道新幹線は、戦前の「弾丸列車構想」が下敷きになったことは有名だ。しかし、明治時代にも最初の高速鉄道計画があったことを本書で知り、驚いた。
明治40年(1907)、安田財閥を一代で築いた安田善次郎らは、「日本電気鉄道」の設立を申請した。東京の渋谷と大阪の野田(現在の京橋駅付近)をわずか6時間で結ぶ計画だった。当時12時間以上かかった東京~大阪間。だが、路線の選定は非常に現実的で、当時の技術水準からみても決して夢物語ではなかった、と推測している。
しかし、設立申請は却下された。地域交通目的の鉄道を除き、幹線鉄道は官営でなければならないというのが理由だった。その後、昭和3年(1928)まで7回申請・却下が続いたというから、一時の思いつきではなかったようだ。民間資本の新幹線が戦前に実現していたら、どうだったろうと夢想がひろがった。
日本の傀儡国家、満州国の建国をきっかけに、日本と大陸を結ぶ輸送量が格段に増加。主要幹線の輸送量がひっ迫したことから浮上したのが、「弾丸列車」構想だ。戦前の新幹線計画で最後まで決まらなかったのが、東京の始発駅と、終点の下関駅の位置と付近の経路だったという。
東京では最終候補に東京駅、市ヶ谷、新宿駅、高井戸の4カ所のほか、貨物列車も想定されていたため、操車場や貨物駅の設置も構想されていた。
本書の見どころは、さまざまな経路の案を地図で紹介していることだ。たとえば、明治時代から鉄道関係者を悩ませてきた箱根越えのルート、浜松駅付近、名古屋から先は関ヶ原を通るか、鈴鹿山脈に穴を開けるか、琵琶湖付近、京都駅付近、大阪駅付近も複数のルートが検討されたことがわかる。多くの場合、地形が決め手になったようだ。
田中角栄の登場により、全国新幹線網が計画される。全国新幹線鉄道整備法案には付属する「別表」という存在があった。当時の佐藤栄作首相が、法案提出前に自らの権限で別表を外させた経緯を詳しく書いている。
鉄道省に入り、運輸省次官を務めた佐藤は、戦前の鉄道敷設法の「別表」の恐ろしさを知っていた。別表に載った路線は鉄道建設の根拠とされ、国鉄経営を縛ったからだ。
「政治」の影を東北新幹線でも指摘している。当初東京~仙台間のみの路線建設が規定方針だった計画を東京~盛岡間に変更させた基本計画設定や、盛岡以北の路線決定など、節目節目で岩手県選出の鈴木善幸の名前が登場するという。東北新幹線の大宮~盛岡間の開業時には首相という僥倖ぶりを指摘している。
上越新幹線では、新潟県の燕三条駅の由来について触れている。先日放送されたNHKの「ブラタモリ」では、燕市と三条市の境界につくられ、駅名についても綱引きがあったと説明されていた。
真相はどうか。駅の誘致運動に積極的だったのは三条市で、燕市はあまり積極的ではなかったという。「新三条」もしくは「三条燕」とする案が有力だったが、燕市を選挙区とする田中派の重鎮、小沢辰男の頼みをさすがの田中も断りきれず、「燕三条」になったと推測している。
磯崎叡国鉄総裁は退任後、山陽、東北、上越各新幹線の新駅建設の交渉は、「嫌な仕事だった」と振り返っていることを紹介している。実際には持ち込まれる案の「断り役」だったからだ。それも代議士よりも住民のパワーに参ったそうだ。
来年春には北陸新幹線の金沢~敦賀間が開業。2030年度には北海道新幹線の札幌延伸が予定されている。まだまだ新幹線をめぐる話題は尽きない。
BOOKウォッチでは、竹内さんの『妙な線路大研究 東京篇』(実業之日本社)、『ふしぎな鉄道路線』(NHK出版新書)、『旅する天皇――平成30年間の旅の記録と秘話』(小学館)、『天皇の旅と寄り道』(ベスト新書)を紹介済みだ。
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