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人類はなにを間違えたのか 科学の闇を根源から問う書

N.S.

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科学は無謬か

 タイトルを読んだときは、いわゆる科学啓蒙書のたぐいかと思っていたが、人類文明というものに潜む凶暴さを深く考えさせられてしまった。

 講談社の学術書編集者だった宇田川眞人さんが書き下ろした『科学は無謬か』(花伝社)を読み進めるうちに、サブタイトルの「『コトバをもつヒト』をめぐる根源的な問い」の沼にはまっていく自分を感じた。手元のスマホという小さな装置が、AI(人工知能)を通して人間の知性を手に入れかけている現実が、にわかに荒涼とした風景に見えてきた。

『科学は無謬か』宇田川眞人 著(花伝社)
『科学は無謬か』宇田川眞人 著(花伝社)

碩学たちがたどり着いた学問の頂から見える風景

 本書は冒頭から書籍編集者としての筆者の半生を振り返るように書き進められていく。高名な著述家や研究者との一期一会のような出会いから、濃密な人間関係が紡がれていくまでが描かれる。その合間に、碩学たちがたどり着いた学問の頂から見える風景を、編集者ならではの文章で、素人にも分かりやすく伝えている。

 本書に登場するのは動物行動学者の日高敏隆、日本思想家の福田恆存(つねあり)、知の巨人ともいわれる井筒俊彦、フランス文学者の平井啓之らであり、そこに『利己的な遺伝子』で有名な進化生物学者のリチャード・ドーキンス、ギリシャ哲学のアリストテレスやゼノン、ニーチェ、ハイデガー、ソシュールにベルグソンらがからみ、最後は宇宙物理学者のスティーブン・ホーキングの人類の未来に関する予想で締めくくられる。

 ひとりひとりが1冊の本になるほどの人物だが、本書では、それらの研究や思想の本質がコンパクトに提示され、相互の関係も頭に入ってくる。

「アキレスと亀」のゼノンの生きた時代

 タイトルにもなっている科学の論理に対する批判は、「ゼノンの逆理」をめぐる論考で明かされていく。いつまでたっても先を行く亀をアキレスは追い越すことができないという「アキレスと亀」で有名なゼノンのパラドックスは、常識で考えれば間違いであることが素人でもわかるのに、多くの哲学者や数学者が論破に失敗したのはなぜか。

 それを解き明かしていく多くの思想家の足跡をたどる記述はぜひ、本書で味わっていただきたいが、ゼノンという人間がピュタゴラス学派と対立し、壮絶な死を遂げたという事実を知るだけでも、本書を読む価値はある。

 ピュタゴラス学派は、現代数学にも影響を与えているギリシャ数学の祖ともいえるが、「点は面積を持たない」「時間は瞬間のつながり」などの前提をもとに、理論を組み立てていった。しかし、その前提は、人間の生きる現実を見失っていないかというのがゼノンの主張の奥底にはある。

地球外文明はなぜ地球に来ないのか

 科学は、産業革命を起こし、原子の力を手に入れ、そして人類を月という天体にまで運ぶという成果を成し遂げた。そのことは誰も否定できない。

 だが、その結果として、地球温暖化に象徴される「人新世」という時代に加え、地球を破壊し尽くすことも可能な数の核弾頭をこの世にもたらした。このジレンマを科学の力で解決できるかどうか、いまのところ見通しは立っていない。

 AIにしても、その強大な威力を人間が制御することができるのか。むしろ悲観的な見方が広まり、最近は、「AIは人類にとって核に匹敵する脅威」という指摘も出てきている。

 本書の最終章は「地球外生命が到来しないのは、高度文明は滅亡するから」である。そのことを論証しているのはホーキングだ。「地球外生命」などというと、雑誌『ムー』にでも出てきそうなSF的なテーマだが、本書ではそのホーキングの講演に出席した故石原慎太郎が質問した場面も登場する。

 全宇宙には200万ほどの地球規模の文明はあるが、そのほとんどは文明の高度化とともに環境の悪化によって、宇宙時間でほぼ一瞬で滅亡するというホーキングの予測に対して、石原は「宇宙時間で一瞬とは、地球時間ではどれくらいか」と問う。

 それに対するホーキングの答えは妙に生々しい。

 記録破りの猛暑が続くこの夏、AI万能信仰に浮かれた人類の姿が、断崖の先端で酔い狂っている姿にも見えてくる一冊である。

 

■宇田川眞人さんプロフィール
うだがわ・まさと/1944年7月、東京生まれ。1969年講談社に入社。学術書・全集・辞典の編集に従事。退職後、編集者・文筆業。著書に『日本に碩学がいたころ――丈高く柄の大きな学問のために』(三恵社)、『風と雲のことば辞典』(共編著、講談社学術文庫)など。





 


  • 書名 科学は無謬か
  • サブタイトル「コトバをもつヒト」をめぐる根源的な問い
  • 監修・編集・著者名宇田川 眞人 著
  • 出版社名花伝社
  • 出版年月日2023年8月25日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・192ページ
  • ISBN9784763420787

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