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私たち人類はネアンデルタール人よりも「バカ」だから繁栄できた?

禁断の進化史

 動物や人類の進化について書かれた本は多いが、本書『禁断の進化史』(NHK出版)が、「禁断の」と銘打っているのは、それなりの理由がある。たとえば、生き残った人類はネアンデルタール人であったかもしれない地球の歴史、あるいは私たちが生物学的な実体であるよりも、コンピュータ・シミュレーションの一部である可能性が高いことに触れているからだ。ヒトが世界の頂点に立つ存在であると信じている人には耐えがたいイメージかもしれない。さまざまな学説を紹介しながら、人類の進化の歴史に迫った好著である。

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 著者の更科功さんは武蔵野美術大学教授、東京大学非常勤講師。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。『化石の分子生物学――生命進化の謎を解く』で講談社科学出版賞を受賞。著書に『絶滅の人類史』『残酷な進化論』などがある。

 知能の高さと生物の繫栄は直結しているのか? なぜ知能だけでなく、意識が進化したのか? など、進化の歴史をたどる以下の構成になっている。章タイトルと主な小見出しを抜粋すると――。

 第1部 智慧の実はどこにあったのか
  第1章 存在の偉大な連鎖 チンパンジーのほうが進化している?
  第2章 樹上生活の始まり 昆虫食より果実食
  第3章 木の上で知性は育った 葉食の霊長類は知能が低い・果実が脳を発達させた
  第4章 なぜヒトはよく眠るのか 質の高い眠りが知能を高めた
  第5章 直立二足歩行の真実 軽視されてきたメスの役割
  第6章 個性と自然淘汰 道具を使う類人猿たち
  第7章 類人猿を超えて 火を使うことのメリット

 第2部 進化にとって意識とは何か
  第8章 不可解な脳 「生きている」という実感
  第9章 意識を見つける 意識が低下しても、脳波は減少しない
  第10章 デジタルカメラは生きているか 超意識は存在するか
  第11章 ヒトと機械の違い 意識を測ることはできるか
  第12章 進化最大の謎に迫る 意識はかえって邪魔になる
  終章 愚か者たちの楽園 ネアンデルタール人への偏見

霊長類の脳が発達した道筋

 人類の進化の道筋の一部を以下のようにコンパクトにまとめている。

 「霊長類の祖先は、おそらく捕食者を避けるために、木の上で生活するようになった。そのため、枝から落ちないように、距離を測りやすい前方を向いた眼が進化した。そして、霊長類の脳は、二つの眼から取得した情報を統合して距離を計算するようになった。
 木の上で生活していたので、霊長類は果実を食べるようになった。そのためには、いつどこで果実が熟すのかを予測するようになる。その結果、空間的かつ時間的な地図を頭のたかにつくるために、脳の発達が促された」

 本書の真骨頂は、上記のようにまとめながらも、これは必然ではなく、別の進化の道筋をたどる可能性もあったことに常に言及していることだ。

 さらに、箴言のようないくつかの名言にもしびれた。「進化とは不細工なものである」。生物の体はうまくできているところばかりでななく、とても非効率で不細工なところもたくさんあるという。たとえば、ヒトの輸精管は、数センチで済むはずなのに、膀胱の周りをグルリと遠回りして40センチもある。これは生物に歴史があり、進化の過程で、適応的な部分と不細工な部分の両方を持っているからだ、と説明する。

 また、「人類の知能が類人猿を引き離した理由は、肉食だけか」という問題を検討し、「火」の存在に注目する。「火は、体の外にある胃腸なのだ」という名言にも含蓄がある。

 ヒト以外の動物も火を使うことを紹介した上で、200万年前、ホモ・エレクトゥスの時代から、日常的に火を使うようになり、以前の人類に比べ、腸が短くなった、と指摘する。火で調理すれば、食材が消化しやすくなるからだ。腸が短くなれば、腸を動かすためのエネルギーが少なくてすみ、その分脳に回すことができる。そして脳がさらに発達する。

植物状態の人の15~20%には意識がある

 第2部の「意識」についてのパートでは、いくつかの先行研究を紹介し、驚くべき事実を示している。植物状態の患者には、本当に意識がないのだろうか。イギリスの神経科学者エイドリアン・オーウェンはPET(陽電子放出断層撮影)を使い、植物状態になった26歳の女性の脳の活動を測定した。

 植物状態と診断されたにもかかわらず、彼女に知人の顔を見せると、健常者と同じように大脳の「紡錘状回」という領域が活性化したのだ。意識は果たしてあったのか? 後の研究によると、意識がないと思われている植物状態の人の15~20%には、彼女のように意識があるらしい。彼女は奇跡的に回復して、当時の状況を語ったという。

 これらの研究から、脳が意識を生み出していることはほぼ立証された。そして、意識は進化によって生じたとも。しかしながら、意識があることは、必ずしも適応的ではない、と書いている。ここも一つのポイントだ。

 ヒトよりネアンデルタール人のほうが、脳が大きいのは事実であり、彼らは壁画を描いたほど意識が高かった。意識レベルが高いほど、脳は多くのエネルギーを使い、生き残るために必要な、血も涙もない行動を、躊躇ったりするかもしれない。つまり、ヒトのほうが意識レベルが低かったために、生き延びやすかったかもしれない、と推測する。

 表紙のキャッチに「私たちは『バカ』だから繁栄できた?」とある理由が、最後に飲み込めた。いくつもの「常識」が明快に否定されていく読書体験は痛快だった。



 


  • 書名 禁断の進化史
  • サブタイトル人類は本当に「賢い」のか
  • 監修・編集・著者名更科功 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2022年12月10日
  • 定価1023円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・251ページ
  • ISBN9784140886892

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