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「被害者の近親者」という「被害者」。パリ風刺新聞社襲撃事件の生き残りの妻がつづる、5年間の記録

跳ね返りとトラウマ

 2015年1月7日、フランス・パリの新聞社にイスラム過激派テロリストが乱入し、編集長、風刺漫画家、コラムニスト、警察官ら合わせて12人を殺害した「シャルリ・エブド襲撃事件」を覚えているだろうか。

 ジャーナリストのカミーユ・エマニュエルさんの夫は、事件の生き残りの風刺画家だ。編集会議に遅刻してわずか数分の差で襲撃を免れたが、凄惨な現場を見てPTSD(心的外傷後ストレス障害)となり、「直接被害者」と認定された。

 カミーユさんは、事件当日の夜、心理士にこう言われたのだという。

「あなたは被害者の近親者ですから、跳ね返りによる被害者なのですよ」

 シャルリ・エブドの社員でもなく、襲撃現場に居合わせたわけでもない、家族にすぎない自分が被害者? 「跳ね返り」による被害者とは、どういうことなのか。言われたときはどういうことかわからなかったが、カミーユさんはのちにその意味を知ることになる。

 直接の被害者でなくても、被害者の近くにいると被らざるを得ない「跳ね返り」とは何なのか。カミーユさんは著書『跳ね返りとトラウマ そばにいるあなたも無傷ではない』(柏書房)に、実体験と調査を記した。

 PTSDとなった夫は不眠と悪夢に悩まされ、かすかな物音にも怯えてパニック状態に陥るようになった。二人はパリを離れ、カミーユさんの生活も大きく変化した。仕事の多くを失い、異国の地で出産することに......しかし、夫を気遣う人は多いのに、カミーユさんを気遣う人はほとんどいなかったという。逆に、「夫は生きているのだから感謝するべき」と言われたこともあった。

 このような日々を送る中で、カミーユさんが思い出したのが心理士の言った「跳ね返りによる被害者」という言葉だった。なぜ自分には「無償の愛」や「自己犠牲」が要求されるのか。夫の影響を受けざるを得ない立場をどう考えればいいのか。カミーユさんは、自身も「被害者」であると捉えるようになる。

 「跳ね返り(ricochet)」は、一般的には石の水切りや跳弾を意味する単語だが、精神医学や心理学では「被害者と身近な関係にある者が被る影響や被害」を指す言葉として公式に認められている。しかし広く知られていないのが現状で、カミーユさんがそうであったように、当事者ですら「自分も被害者だ」とみなさない場合が多い。

 カミーユさんは自身の体験を通じて、跳ね返りによる被害者が自分の立場を自覚し、被害を公的に認めてもらうために行動することの重要性を感じた。そこで本書では、自身の体験を語るとともに、関係者や専門家へのインタビュー、そのほかさまざまな調査をおこなって、「跳ね返り」とは何なのか、自身に起きたことにどんな意味があるのかを明らかにしていく。

 誰でも、いつ近親者が事件の被害者になるかわからない。自分や身近な人が同じ状況に陥った時に、心強い存在になる一冊だ。


■カミーユ・エマニュエルさんプロフィール
Camille EMMANUELLE/1980年生まれ。作家、主観的な記述を特徴とするゴンゾー・ジャーナリスト。著作は『セックスパワーメント』などエッセイ三作とヤング向けの小説一作。『アンロック』誌などの媒体に記事を書き、テレビやラジオの番組制作に関わる仕事もしている。専門分野はセクシュアリティ、ジェンダー、フェミニズム。

■吉田良子さんプロフィール
よしだ・よしこ/仏文翻訳家。1959年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。訳書に『世界一深い100のQ――いかなる状況でも本質をつかむ思考力養成講座』(ダイヤモンド社)、『色の力――消費行動から性的欲求まで、人を動かす色の使い方』(CCCメディアハウス)、『ボルジア家風雲録(上・下)』(イースト・プレス)、『葬儀!』(柏書房)など。



  
  • 書名 跳ね返りとトラウマ
  • サブタイトルそばにいるあなたも無傷ではない
  • 監修・編集・著者名カミーユ・エマニュエル 著 吉田良子 訳
  • 出版社名柏書房
  • 出版年月日2022年12月22日
  • 定価2,970円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・360ページ
  • ISBN9784760154944

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