天皇について書かれた本は多いが、本書『天皇の旅と寄り道』(ベスト新書)はやや異色といえる。何しろデータが豊富。というかデータだらけ。ある意味、度外れな労作だ。史料的価値は高いのではないか。
著者の竹内正浩さんは1963年生まれ。文筆家、歴史探訪家。地図や近現代史をライフワークに取材・執筆を行う。著書に『地図で読み解く東京五輪』(KKベストセラーズ)、『重ね地図で読み解く大名屋敷の謎』『水系と3Dイラストでたどる東京地形散歩』(宝島社)、『「家系図」と「お屋敷」で読み解く歴代総理大臣』『空から見る戦後の東京』『空から見える東京の道と街づくり』(実業之日本社)などなど。
とにかく膨大なデータを縦横に駆使して、歴史や地図を読み解くエキスパートのようだ。それが趣味というべきかも。本書も全体の約三分の一がデータ。「昭和天皇の行幸・行啓」「おもな昭和天皇の行幸・行啓先の現在」「今上天皇の行幸」「東京の天皇御座所一覧」「おもな離宮・御用邸一覧」「昭和天皇映画鑑賞記録」「昭和天皇相撲観覧記録」などのリストがこれでもかと言わんばかりに列挙されている。まさにエクセルシートのオンパレード。細かな数字と文字の羅列なので、よほど視力が良くないと読み切れない。
本文は6章仕立て。まず目を奪われたのは第2章「大元帥陛下の旅」だ。戦前の昭和天皇の行幸について詳しい。戦前の地方巡幸といえば、陸軍特別大演習の機会をとらえた行幸がほとんど唯一の機会だった。その克明な記録が載っている。
昭和9年11月、桐生市に行かれたときに、たいへんな「事件」が起きた。先導車が道を間違え、予定より30分も早く目的地に着いてしまったのだ。その後、先導車の運転手は精神的に錯乱をきたし、責任者の群馬県警察本部の警部は自殺を図る。多数の処分があり、県知事は辞職したという。
本書はこうしたリアルなエピソードも交えながら、天皇と行事とのかかわりなどを活写する。戦後も新潟を訪れたとき、ホテルの居室に向かうときに案内役の社長が緊張のあまり階を間違えてエレベーターで引き返すということがあったそうだが、天皇は寛大にただ笑っていただけだったという。戦前と戦後。この二つのエピソードだけからでも、時代の変化を知ることができる。
さらに、興味深いのは第6章「映画・テレビと日常」だ。この章では徹底的に昭和天皇が観た映画をフォローしている。戦前に観ていたのは、「実際の戦況とは異なる内容で戦意高揚のために構成された一般国民向けの映像」ばかり。それらを「大元帥にして君主たる昭和天皇が観つづけていたという事実は深刻である」と指摘する。
また、昭和12年9月以降、支那事変拡大に伴い、弟宮らと毎週火曜夜にニュース映画を観ていたことも明かしている。大戦末期、天皇と高松宮との関係は良好ではなく、激しい議論をすることがあった、そのことが火曜の映画鑑賞にも影響を与えたと書く。出席者の名前をチェックした著者は、昭和19年8月15日を最後に高松宮の来訪が途絶えていることに気づく。このあたりは他の史料も使いながら、力を入れて書いている。
戦後の天皇は、昭和42年12月29日に終戦の日を扱った「日本のいちばん長い日」を、昭和45年12月8日に真珠湾攻撃を日米双方の視点から描いた「トラ・トラ・トラ」を観ている。さりげない日々の記録を虫眼鏡で見るかのように凝視し、そこから浮かび上がるいろいろなことを読み取った本と言える。
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