事件記者をしていた知人から聞いたことがある。殺人は誰しももやりかねないが、盗みは常習性がある。やる人はクセになっているから何度もやる。その典型がスリだ。刑務所から出てきたところから刑事の尾行が付いたりする。どうせまたやるからだと。
確かに空き巣狙いなど、見つかるリスクを考えれば、怖くて簡単にできるものではない。それでもやるのは、何か抑えきれない衝動や快感があるからなのかもしれないと思ったりもする。
本書『窃盗症――クレプトマニア』(中央法規出版)は犯罪として処断される窃盗を精神科医の立場から考える。簡単に言えば「病気」だということだ。編者の竹村道夫さんは精神科医。吉岡隆さんはケースワーカー。すでに欧米の医学界では「クレプトマニア」という症例名があり、その日本語訳が「窃盗症」ということのようだ。
法務省の犯罪統計によると、窃盗犯は全刑法犯認知件数の7割以上を占める。受刑服役者の2年以内の再入率(出所後の犯罪で受刑のため刑事施設に再入所する率)は、覚せい剤よりも高率。しかも再犯までの期間も短いという。
とりわけ近年、問題になっているのが万引きだ。スーパーやコンビニが増えて、店員の目が届かず、ごまかしが容易になった。誰もがやりやすくなったのだ。
最近では女子マラソンの元日本代表選手がお菓子を万引きした疑いで逮捕されて関心を集めた。現役時代に過重な体重制限を課せられ、摂食障害に陥り、万引きが習慣になっていたという。ジャーナリストの江川祥子さんがこの問題をフォローした記事によると、合宿中は買い食いをしないよう、監督に財布を取り上げられていた。そのため「おやつ」などの万引きが始まったという。食べては吐く。体重は増えない。何とも過酷で悲惨な話だ。
本書は「当事者と家族の体験」「回復に向けて」の二章に分かれている。執筆陣には、仮名で当事者も登場する。
ある53歳の女性の場合も万引きのスタートは摂食障害。太るのが怖くて食べても吐く。どうせ吐くのだから買うのがもったいないと万引きする。それがだんだんエスカレートして、食品以外にも広がる。やがては欲しいものを盗むのではなく、「盗れそうだ」と思ったものを盗むという倒錯した行動にまでなったという。
ほかに何人もの「当事者」が登場するが、おどろくほど摂食障害の反動で万引きに走ったという人が多い。そうした実例を読んでいると、確かに万引きは「現代病」と思わざるを得ない。
編者の竹村氏によると、病的な常習窃盗は処罰だけでは更生も再犯の予防もできない。犯罪であると同時に精神障害でもあるからだ。これまで精神医学は十分に対処できなかったが、依存症の一種でもあり、多方面の専門家によるアプローチで治療や再犯防止をはかるべきだとしている。
本書では体験談のほかに、医療・相談援助・司法など各専門領域からの解説と実例(治療プログラムや裁判記録)、ジャーナリストから見た報道のあり方や裁判の実際、入院患者が受けた治療なども掲載されている。「窃盗症」についての本は、まだ珍しいのではないか。専門の治療機関・相談先はほとんどないそうなので、広く関係者に読まれるべき一冊と言える。
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