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一人の鉄道マンが、「最後のフィクサー」になるまで。

国商

 近年まれに見る骨太なノンフィクション『国商』(講談社)が、じわじわと売れている。副題が「最後のフィクサー葛西敬之」。昨年(2022年)5月に亡くなったJR東海名誉会長・葛西敬之氏の評伝である。葛西氏は東海道新幹線を運営する鉄道会社のトップという表の顔にとどまらない、大きな影響力を持った人物だったことに、メスを入れている。

 それにしても、「国士」とか「政商」という言葉はあるが、「国商」は聞いたことがない。反共産主義という国家観を持ちながら、自ら進める事業や政治への介入を行ったことから、著者は「国商」という言葉を造語したのである。

安倍政権との「蜜月」で日本を動かしてきた

 2つの観点から葛西氏の実像に迫っている。1つは「国鉄改革三人組」の1人として国鉄分割民営化を進め、JR東海のトップとして東海道新幹線を飛躍させ、リニア新幹線を追求した「鉄道マン」としての功績。もう1つは後年、安倍政権との太いパイプを通じて、多くの「官邸官僚」やNHK会長を送り込んだ政治との「蜜月」ぶり。「この10年のあいだ、葛西と安倍の二人は日本の中心にいて、この国を動かしてきた」とまで書いている。

 以下に、本書の構成(章タイトルと主な小見出し)を挙げた上で、いくつかポイントに触れたい。

 序章 国策づくり  靖国神社総代と日本会議中央委員という役割
 1章 鉄道人生の原点  国鉄改革の狙いは国労潰し
 2章 国鉄改革三人組それぞれの闘い  マスコミリークという奇策
 3章 「革マル」松崎明との蜜月時代 改革三人組の相克
 4章 動労切り  ばら撒かれた「不倫写真」
 5章 ドル箱「東海道新幹線」の飛躍  品川駅開業の舞台裏
 6章 安倍政権に送り込んだ「官邸官僚」たち  JRに天下った公安警察の幹部
 7章 首相官邸と通じたメディア支配  安倍総理実現を目指した「四季の会」
 8章 美しい国づくりを目指した国家観  杉田官房副長官誕生の裏事情
 9章 リニア新幹線実現への執念  安倍政権時代に決まった「3兆円財政投融資」
 10章 「最後の夢」リニア計画に垂れ込める暗雲  すべては金丸信への忖度で始まった
 11章 覚悟の死  リニア米国輸出のためのロビー活動
 終章 国益とビジネスの結合  日本を動かしてきた二人の死

国鉄分割民営化を力業で実現した

 巨額な赤字を抱えた国鉄だが、すんなりと分割民営化が進んだ訳ではない。田中角栄など国鉄に利権を持つ政治家、政治家の意を受けた国鉄幹部は強く抵抗した。葛西氏が深く潜行し、時には奇策を使い、実現した経緯が詳しく書かれている。

 決め手になったのは最大組合の国労を潰すために、新左翼・革マル派の影響力が強いとされた動労と手を結んだことだ。「ストはもうやりません」と宣言し、組織を温存した動労。葛西氏は動労と手を組んだが、民営化後に決別した。

 すると、葛西氏の「不倫写真」と銘打ったキャンペーンが始まった。当時、雑誌でその記事を読み、評者も驚いた記憶がある。JR東海社内に盗聴器が仕掛けられたほど、大掛かりなもので、葛西氏もいっときは会社を辞める覚悟までしたという。

 踏みとどまったのは、東大時代に仲良くなった検察や警察の友人がいて、捜査当局にサポートしてもらったからだ、と関係者は語っている。

 これら警察官僚とのパイプが、第二次安倍政権時代に杉田和博・官房副長官となって生きたようだと見ている。元警察官僚の杉田氏はJR東海の顧問となり、そこから官僚トップの官房副長官まで昇りつめた。さらに多くの「官邸官僚」を送り込んだ。

NHK支配になぜこだわったのか?

 安倍氏の財界応援団「四季の会」は葛西氏が立ち上げた。第一次安倍政権時代、富士フィルム社長だった古森重隆氏はNHKの経営委員に就任(その後委員長)、アサヒビール相談役から起用された福地茂雄氏がNHK会長となった。2人も「四季の会」の中核メンバーだった。

 その後、葛西氏の腹心でJR東海副会長だった松本正之氏がNHK会長となる。その後も「自らの人脈を駆使し、NHKの首脳を通して公共放送に手を突っ込もうとし続けた」と書いている。

 なぜ、メディア支配にこだわったのか。著者はメディアが介在した実体験を指摘している。国鉄時代に労働組合員の職務怠慢情報を流してメディアを導き、旧国労を壊滅状態に追い込んだ成功体験。もう1つは革マル派の動労からプライベートなスキャンダルを流され、窮地に陥った失敗体験である。

 2022年5月、葛西氏は長い闘病との闘いの末、亡くなった。関係者葬で弔辞を読んだ安倍氏はひと月半後の7月、凶弾に倒れた。静岡県の水問題のほか、コロナ禍でリモートワークが定着し、ビジネスマンの往来が減り、リニア計画に暗雲が垂れ込めている。リニアの輸出が国益と信じていたという葛西氏。「果たしてリニア計画は正しい選択だったのか。答えが出るのはこれからだ」と結んでいる。多くの実名証言で綴られ、腹にどんと衝撃を受けた。

 著者の森功さんはノンフィクション作家。「週刊新潮」編集部などを経て独立。『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多くの著書がある。



 


  • 書名 国商
  • サブタイトル最後のフィクサー葛西敬之
  • 監修・編集・著者名森功 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2022年12月14日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・318ページ
  • ISBN9784065241271

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