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「タイパ」論争の背景にあるものは? 私たちもいつの間にか...。

映画を早送りで観る人たち

 昨年12月、「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2022』」が発表された。大賞に選ばれたのは「タイパ」。これは「かけた時間に対しての効果や満足度」「時間的な効率」などの意味で使われる言葉で、「コストパフォーマンス(コスパ)」をもじった「タイムパフォーマンス」の略である。

「タイパ」を追求する人たちは映像作品にも効率を求め、たとえばこんな行動をとる。2時間の映画を1時間で観る、つまらないと感じたら後はずっと1.5倍速、会話のないシーンは即飛ばす、観る前にネタバレサイトをチェック......。

 一体なぜ、こんなことになっているのか。倍速視聴や10秒飛ばしに「大いなる違和感」を表明し、「タイパ」が世間から注目を集めるきっかけとなった1冊がある。稲田豊史さんの『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社)だ。

「倍速視聴」の3つの背景

「倍速視聴機能」や「10秒スキップ機能」が標準搭載されている動画配信サービスは数多く、若年層を中心にこれらの機能を利用している人は多いという。そこには、大きく3つの背景があると稲田さんは見ている。

 1つめは「映像作品の供給過多」。映像作品を鑑賞する際、以前ならレンタルショップでたとえばDVDを1泊2日数百円で借りてくる必要があった。それが現在、月々数百円から千数百円で「見放題」の定額制動画配信サービスがある。しかも各サービスでは、常時数千本から数万本以上の作品が供給されている。たいへん恵まれた状況だが、膨大な作品をチェックすることに追われる状況でもある。

「話題にはついていきたい。ただ、観るべき作品も定期的に開くべきSNSも多すぎて、とにかく時間がない。それを、倍速視聴という『時短』が解決する」

 2つめは「『コスパ』を求める若者たち」。てっとり早く、短時間で、「何かをモノにしたい」「何かのエキスパートになりたい」と思っている若者が増えているそうだ。ただ、膨大な時間を費やして何百、何千もの作品を観て、読んで、ハズレを掴まされながら鑑賞力が磨かれ、博識になり......というプロセスは踏みたがらないという。

「彼らは近道を探す。なぜなら、駄作を観ている時間は彼らにとって無駄だから。(中略)彼らはこれを『タイパが悪い』と形容する」

 3つめは「すべてをセリフで説明する作品が増えた」こと。本来、映像作品は映像で語るものだが、昨今の(特に日本の大衆向け)映像作品は、感情や状況を一言一句丁寧に、セリフで説明したものが多いという。

「そういう作品に慣れた人たちが、『セリフのないシーンは、飛ばしても支障ない』(中略)という発想になるのは、当然だ。もしくは、逆なのかもしれない。製作側の親切心で、長年にわたって説明過多の『わかりやすい』作品が世にあふれた結果、視聴者のリテラシーが低位で安定してしまったのか」

ネガティブキャンペーンではない

 なぜこんな視聴スタイルが生まれたのか。いま映像や出版コンテンツはどんなふうに受容されているのか――。視聴する側と創作する側の本音を紹介しつつ、鋭い分析と読ませる文章で「あまりに巨大すぎる消費社会の実態」をあぶり出している。

 たとえば、「より短く、より具体的に」という項目がある。「わかりやすいこと」が礼賛されるいま、PVを稼ぐ目的のネット記事が「結論は1行目、タイトルにひねりはいらない、一言に要約できる内容」を金科玉条としていたり、ベストセラーや話題書の内容を要約するサービスが乱立していたり、大事なことを直接的なセリフで発さないドラマが苦戦したりする状況にあるという。

「感情を節約したい、好きなシーンを繰り返し見たい」という項目も。日々大量の情報と物語を摂取して疲れていると、食事で言えば脂っこい料理や刺激物を避け、消化器を酷使しなくてもよいものを摂取したくなる。倍速視聴を好むのは、コンテンツに淡白に接することができるからだという......。

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 本書は、2021年に稲田さんがビジネスサイトに執筆した記事が元になっている。記事の反響は大きく、映像業界関係者やクリエイターたちが「よくぞ言ってくれた」と溜飲を下げた一方、山のような異論、反論、罵詈雑言も届いたそうだ。

「倍速視聴は筆者が同意しかねる習慣ではあるものの、そこにネガティブキャンペーンを張りたかったわけではない。現象を俎上に載せ、論点を可視化することで、議論のゴングを鳴らしたかった

 そう、本書は倍速視聴・10秒飛ばし派を批判するものではなく、「コンテンツ消費の現在形」を丹念に記録したもの。自分の視点からだと気づけない、いまの時代の気分を知ることができる。どこをとっても気づきがあり、興味津々で読んだ。

 何でもデジタル化、フードやファッション以外にも出てきたファスト〇〇......という時代の流れに若干ついていけていない評者でも、倍速視聴は時々する。いつの間にか「タイパ」を重視していたのかもしれない。いずれにせよ、作品を大切に思う気持ちをなくさないようにしたいところ。

 さて、「ここ20、30年で『多くの人に読まれる文章』の長さは、劇的に短くなった」とあるので、この辺りで留めておこう。

■目次
序章 大いなる違和感
第1章 早送りする人たち――鑑賞から消費へ
第2章 セリフで全部説明してほしい人たち――みんなに優しいオープンワールド
第3章 失敗したくない人たち――個性の呪縛と「タイパ」至上主義
第4章 好きなものを貶(けな)されたくない人たち――「快適主義」という怪物
第5章 無関心なお客様たち――技術進化の行き着いた先
おわりに

■稲田豊史さんプロフィール
いなだ・とよし/1974年、愛知県生まれ。ライター、コラムニスト、編集者。横浜国立大学経済学部卒業後、映画配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社。その後、キネマ旬報社でDVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て、2013年に独立。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)。近著に『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)がある。


※画像提供:光文社



 


  • 書名 映画を早送りで観る人たち
  • サブタイトルファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形
  • 監修・編集・著者名稲田 豊史 著
  • 出版社名光文社
  • 出版年月日2022年4月30日
  • 定価990円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・304ページ
  • ISBN9784334046002

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