7月23日に放送終了したドラマ『僕の大好きな妻!』では、百田夏菜子さん演じる妻に発達障害があることが分かり、新婚の夫婦が困難と向き合いながらも幸せをめざす姿が大きな反響を呼んだ。その夫婦逆転版とも言えるのが本書、『僕は死なない子育てをする 発達障害と家族の物語』(創元社)だ。
発達障害の当事者として、ウェブメディアなどで取材・執筆活動を行っているライターの遠藤光太さんは、初の著作となる本書で、自身の特性に悩み、葛藤しながら向き合った子育ての日々を赤裸々に綴っている。
社会人1年目に結婚、24歳の時に1歳下の妻との間に娘が生まれ、「一家の大黒柱として強くあらねば」と気負っていた遠藤さん。編集プロダクションで制作管理を担当し、ハードな仕事だが楽しく、充実した日々を送っていた。ところがある日、体に異変を感じて体温を測ると34.6度。内科に駆け込むと、「あなたはここじゃないね」と精神科を紹介され、たった5分間の診察で「双極性障害」と診断された。気分の落ち込むうつ状態と、昂る躁状態を繰り返す病気だ。その「誤診」が、さらなる悲劇を招いた。
遠藤さんは、幼稚園、小学校時代に不登園・不登校になり、大学時代にもうつを発症した経験がある。それでも、親を心配させてはいけないという気持ちと、「男は強くあるべき」という思い込みから、無理をして優等生を演じてきた。自覚のないまま無理を重ねてきたのだろう。ギリギリまで張り詰めていた緊張の糸が、子どもが生まれたことでプツン、と切れてしまったのだ。
何事も綿密に予定を立て、その通りに進まないと気が済まない、臨機応変な対応が苦手で、聴覚が過敏。子育て経験のある方なら、それがどれほどつらいことか、想像できるだろう。
子どもは親の都合などお構いなしだ。予定通りに事が運ぶことなどほとんどない。ひとりになれる時間がなく、ペースは乱されっぱなし。発達障害でなくても爆発しそうな気持ちを抑えるのには相当な精神力がいる。
保育園に預ければ、子どもが熱を出して仕事中にお迎えコールが入ることも頻繁にある。妻より時間の都合がつきやすい遠藤さんは、業務を途中で切り上げて娘を迎えに行き、病院へ連れて行った。仕事で成果をあげたい。でも、娘の面倒は自分が見なければ......。仕事と育児の両立という壁は、ケアを主体的に担う人の前に立ちはだかる。
さらに、娘の泣き声は、聴覚過敏の遠藤さんを苦しめた。生後まもなくは「あやしても泣き止まない娘を抱っこしながら一緒に泣いていた」という遠藤さん。限界を迎えたのは、妻が復職して1か月後のことだった。「育休」という名目でしばらく会社を休んだ後に復職したが、再度うつを発症して休職し、そのまま退職。保育士として激務をこなす妻の稼ぎに頼ることにふがいなさを感じ、本気で「死にたい」と考えていたと明かしている。
明るく気丈な妻も、ブラックな職場で気力・体力を削られ、家では夫との意思疎通がうまくいかず、大きな負担を抱えていた。夫婦関係は悪化し、離婚も視野に「別居合意書」まで作っていた遠藤さんが「発達障害」と診断されたのは、26歳の時だ。自身の特性を理解し、妻にもていねいに伝えていくことで、2人の関係は次第に変わっていった。
本書を読んでいると、発達障害の特性は、程度の差こそあれ誰しも持っているものだと気づかされる。思い通りに事が進まなければイライラするし、子どもの泣き声は耳に障る。限界値は人によってばらつきがあり、平均を測るのは難しい。ましてそれが「普通」だと、誰が言えるのだろう。
「もっと自分のことを理解できてから、子育てに入れれば良かったのだろう」と遠藤さんは悔やんでいるが、「その一方でモヤモヤするのは、現代の日本で"普通に"子育てをしていくのは難しいことである」と指摘する。
つまり、社会人として一人前になり、結婚し、仕事をし続け、貯金を準備し、両家と良い関係を築き、そしてはじめて「子育てをする」というモデルは、いまや「普通」とは言いがたいのではないか、と――。
遠藤さん夫妻の場合は、妻が主に稼ぎ、夫が家事育児を主体的に担っていたという点でも、従来の性別役割分担が逆転している。発達障害という特性を受け入れてから、「男とは」「女とは」という思い込みを捨て、互いにサポートし、ケアし合う関係になり始めたという。
「普通」からはみ出してしまうのが多数派だとしたら、このねじれた時代に、子育ての在り方を見直す必要がある。そのなかのひとつのファクターに、僕たち「父親」がしなやかに子育てを担っていくことの重要性がある。
一時は「死にたい」とまで思い詰めた遠藤さんは、本書を上梓した後、二児の父になり、「家族とともに生きていく」と決意を新たにした。さまざまな葛藤を乗り越えてきた夫婦がたどり着いたパートナーシップのあり方は、いまという時代が求める最適解の一つとして、子育て世代の参考になるはずだ。
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