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新婚夫婦と、白鳥が三角関係? 想像の斜め上行く「不思議な」短編集。

オリーブの実るころ

 今年3月、入管問題をテーマにした小説『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞した中島京子さん。受賞後第1作となる『オリーブの実るころ』(講談社)が刊行された。

 「結婚と家族と、真実の愛をめぐる 劇的で、ちょっぴり不思議な6つの果実」――。本書は、「家猫」「ローゼンブルクで恋をして」「川端康成が死んだ日」「ガリップ」「オリーブの実るころ」「春成と冴子とファンさん」の6つの物語からなる短編集。

 男も女も、老いも若きも、未婚も既婚も、昭和も令和も、人間も鳥も......。想像の斜め上を行く設定とストーリー展開が面白く、それでいて幻想的な感じもする。

母ではない誰かのようだった

 ここでは、「川端康成が死んだ日」を中心に紹介しよう。ストーリーがまったく想像できないタイトルも気になったが、6作品読んでみて、個人的にはいちばん印象に残っている。

 1972年4月。長期出張していた父が、あと10日ほどで帰ってくるという日曜日。母と兄と私は池袋にあるデパートに行った帰り、知り合いの舛岡(ますおか)さんにばったり会った。舛岡さんに誘われ、私たちは喫茶店に入った。

 私と兄が舛岡さんに会うのは、そのときが初めてではなかった。大学院生の舛岡さんは、兄の家庭教師として雇われていたのか、何度か家に来たことがあった。私よりも兄が舛岡さんになついていた。

 「でも、誰よりもご機嫌だったのは母だった。子どもたちといっしょに華やいだ様子でコーヒーカップを口に運びながら、陽気におしゃべりする姿はまるで母ではない誰かのようだった」

 その数日後、私は2年生、兄は5年生になった。小学校から帰ると、父がいた。父が家にいるときの空気は重苦しく、父がいるときといないときでは、母の態度があきらかに違った。

44年後の手紙

 父が帰ってきて初めての日曜日。母は「出かけなければならない」と言って家を出た。どこに行ったかわからないまま、母は「唐突に出て行って帰って来なかった人」になった。

 「何か取り返しのつかないことをしているんじゃないかと思えてきたような気がしているのは、あるいは後になってから付け加えた記憶かもしれない」

 川端康成が死んだ日は、1972年4月16日の日曜日。それは母が出て行った日でもあった。同じ日に、人生の重大局面を迎えた文豪と主婦。とはいえ、2人にいったいどんな関係があるというのか......。

 あれから44年。「あなたの母親の最後の願いを聞いてほしい」という手紙が届いた。差出人に会いに行った私は、「あの日のこと」を知ることになる――。

夫と妻と白鳥の三角関係

 もう1つ、設定にもっとも驚かされた「ガリップ」を少し紹介しよう。

 いまから30年以上前、わたしはガリップと出会った。それより前に、わたしは水田(みずた)と出会った。田舎のぼんぼんだった水田の家には、畑も田んぼもあった。ガリップとは白鳥の名前で、彼女は水田の家の納屋に住み着いていた。

 わたしは水田と結婚し、水田の家で暮らすようになった。そこから奇妙な共同生活がはじまる。いつも夫のそばにいて、夫婦で出かけようとすると全力で追いかけてくるガリップ。この白鳥、じつは人間? と思うほど、わたしに対して嫉妬心丸出しなのである。

 新婚夫婦と白鳥の三角関係は、おかしな事態ではあるけれどもそれなりに平和だった。ところが、ガリップが想像妊娠し、今度はわたしが妊娠したことから、「あの事件」は起きた――。

 「ガリップがわたしになにをしたか、わたしは夫に言わなかった。(中略)そしてわたし自身、まだ整理できずにいる。ガリップはほんとうのところ、あのとき何がしたかったんだろう」

 2作品とも、ラストの2、3ページの展開が見事。ヒヤッ、ゾッとした後に、静けさがやってくる。余韻まで楽しんでほしい。

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 このほか、以下の4作品を収録。

「家猫」
 バツイチの息子が猫を飼い始めたらしい。でも、家に行っても一向にその猫は姿を現す様子もなく――。
「ローゼンブルクで恋をして」
 父が終活のために向かった先は、小柄ながらも逞しい女性候補者が構える瀬戸内のとある選挙事務所だった。
「オリーブの実るころ」
 斜向かいに越してきた老人には、品のいい佇まいからは想像もできない、愛した人を巡る壮絶な過去があった。
「春成と冴子とファンさん」
 宙生(そらお)とハツは、結婚報告のために離婚した宙生の両親を訪ねることになった。二人は思い思いの生活をしていて......。

■中島京子さんプロフィール

 1964年東京都生まれ。出版社勤務を経て渡米。帰国後の2003年『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞を受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞を受賞。2015年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回歴史時代作家クラブ賞作品賞、第28回柴田錬三郎賞を受賞。同年『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞、さらに翌2016年、同作品で第5回日本医療小説大賞を受賞。2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞。2022年『ムーンライト・イン』、『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を受賞。同年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞を受賞。


※画像提供:講談社





  • 書名 オリーブの実るころ
  • 監修・編集・著者名中島 京子 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2022年6月20日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・207ページ
  • ISBN9784065279502

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