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結婚を反対した2人の母が死んだ――吉本ばななが描く、喪失と再生

ミトンとふびん

 若いときに出会い、歳月を経てまた再会することで心により深く響く本がある。「吉本ばなな」という作家もその一人だろう。大切な人との別れ、愛する人の死、その悲しみは歳を重ねるほどに抱えこむことになる。どうにも埋められない喪失感を受けとめてくれたのが、吉本さんの作品だったと思う。

 デビュー作である『キッチン』との出会いは、30数年前にさかのぼる。世界各国で読み継がれるベストセラーとなった短編小説で、これまで幾度か読み返してきた。

 〈私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う〉と語り始める主人公は、幼い頃に両親を亡くし、祖母に育てられた大学生の女性。その祖母も急に他界し、一人きりの家の台所で過ごしていた。そんな彼女を訪ねてきたのは祖母と親しかった花屋のアルバイトの青年で、彼とその母(元は父親)が住むマンションで奇妙な同居生活が始まる。そこには穏やかな日常があり、二人の何気ない優しさに包まれ、孤独な心をときほぐされていく物語だ。

 筆者にとっては同世代の作家であり、等身大の言葉が心地良かった。さらにページを繰るほどに胸に迫る淋しさにも気づく。あの頃は学生時代の親友を失って間もないときだったからだ。吉本さんの作品には、そっと背に手を添えてくれるような温かさがあった。

それでも生きていく人たちの物語

 『キッチン』に始まり、『ムーンライト・シャドウ』『TUGUMI』など、多くの作品で描かれてきたのは「喪失」と「再生」に向き合う人たちの姿である。自身も作家として歩む道でさまざまな別れと出会いがあり、時の流れの中で実感してきたことでもあるのだろう。

 そして今、吉本さんが30年間の経験を込めて書きあげたという作品集が『ミトンとふびん』だ。6篇の短編が収められている。いずれも大切な人の死や癒えることのない喪失の悲しみを抱え、それでも生きていく人たちの物語が細やかに綴られていた。

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『ミトンとふびん』(新潮社)

 最愛の母を亡くした「私」がひとり訪れたのは台北。南国の緑あふれる街で出会ったシンシンという青年も両親が離婚して、父と日本に住んでいる。台湾で女優として生きる母に会いに来たという彼は、小さい頃に母が家にいないことが多く、天井裏を走るねずみが友だちだったといい、「動きのある生き物が家でいっしょに暮らしているっていうことが僕を支えていた」と語る。そんな青年と過ごす中で自分も母と二人過ごした日々を振り返り、ともに一歩を踏み出すまでを描いた『SINSIN AND THE MOUSE』。

 ローマを舞台にした『カロンテ』は、イタリア留学中に交通事故で逝った親友・真理子の軌跡をたどる物語だ。彼女の婚約者に会った「私」は、真理子が亡くなる直前に一週間だけ姿を消し、誰といたのか全くの謎なのだと聞かされる。その空白の日々をたどることで真理子が胸に秘めていた夢を知り、最後まで懸命に生きていた友を思う。そこで自分もまた「今」を大切に生きようと立ち返る姿が描かれていく。

 さらに表題作の『ミトンとふびん』は、真冬のフィンランドが舞台になっている。主人公の「私」が夫の外山くんと新婚旅行で訪れたのはヘルシンキの街。二人の結婚は互いの母親から反対されていたが、その母たちが相次いで亡くなったのだ。なぜ反対されたかといえば、「私」が幼い頃にいじめで命を絶った彼の弟に似すぎていたから。そして子どもを産めない体であるという負い目もあった。

 母親を見送った後、「私」と外山くんは一緒に暮らし始めた。それぞれに深い悲しみを抱えながら生きる二人は、凍てつくヘルシンキの街であたたかな手袋を見つけ、冷えた体を温める食事を味わう。異国の見知らぬ人たちにかけられた言葉も優しかった......。

この本が出せたから、もう悔いはない。

 こうして旅先の風景とそこで紡がれる人生模様が織りなす短編集。大切な人はこの世界にいなくても、心はつながっているのだと思える。読み終えたとき、自身が抱えてきた悲しみも少し救われるような気がした。吉本さんはあとがきでこう述べている。

〈何ということもない話。
大したことは起こらない。
登場人物それぞれにそれなりに傷はある。
しかし彼らはただ人生を眺めているだけ。〉

 長い間、そういう小説を書きたかった。そして、この本が完成したときにこんな思いがあったと振り返る。

〈よりさりげなく、より軽く。
しかしよりたくさんの涙と血を流して。
この本が出せたから、もう悔いはない。
引退しても大丈夫だ。
そう安心しながらまだ書いていく人生に、三つ目の山、三回目の登頂が待っていてくれたら、いちばん嬉しいんだけれど。それは神さまにしかわからない。〉

 「喪失」と「再生」に向き合う人たちの姿を書き続けてきた先に、確かな明日への希望も見えている。今、この時にまた「吉本ばなな」の本に出会えたことがとても嬉しかった。


文・歌代幸子/ノンフィクションライター




 


  • 書名 ミトンとふびん
  • 監修・編集・著者名吉本 ばなな 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2021年12月20日
  • 定価1,760 円 (税込)
  • 判型・ページ数四六判変形・256ページ
  • ISBN9784103834120

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