濱口竜介さんが監督・脚本を務めた映画『ドライブ・マイ・カー』が、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した。
原作は、村上春樹さんの短篇集『女のいない男たち』(文藝春秋)に収録された「ドライブ・マイ・カー」。『女のいない男たち』は、単行本(2014年刊)と文庫(2016年刊)を合わせて累計100万部を突破した。
本書は「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6篇を収録。映画化にあたり、本書を繰り返し読むところから始めたという濱口さん。「シェエラザード」と「木野」の要素も取り入れ、喪失と再生を描く179分を創り上げた。
BOOKウォッチでは、書評(村上春樹が「心のどこかで求めていた」物語たち。結末に残る謎も...。)で「独立器官」を取り上げた。今回は「ドライブ・マイ・カー」を紹介する。
「舞台俳優・家福を苛み続ける亡き妻の記憶。彼女はなぜあの男と関係したのか」――。
専属の運転手を捜していた家福(かふく)は、知人から若い女性ドライバーを紹介された。知人によると、運転の腕にはまったく問題はないのだが、ぶっきらぼうで、無口で、むやみに煙草を吸い、かわいげのある娘というタイプではないという。
彼女の名前は渡利(わたり)みさき。24歳。ひどく素っ気ない顔をしていたが、優秀なドライバーだった。みさきは北海道の山の中で育ち、10代半ばから車を運転していた。
家福は俳優で、今は週に6日、舞台に出演している。車の中で台詞の練習をするため、これまでは自分で運転して劇場に行っていたのだが、先日接触事故を起こして免許停止になった。
「普通ならそばに誰かがいると緊張して、声に出して台詞を練習することなんてとてもできないのだが、みさきに関してはその存在が気にならなかった。(中略)彼はその娘の滑らかで確実な運転が気に入っていたし、余計なことを言わず、感情を表に出さないところも気に入っていた」
家福は助手席に座っているとき、亡くなった妻のことをよく考えた。妻は女優で、家福より2つ年下の美しい顔立ちの女だった。
結婚している間、家福は妻以外の女と寝たことは1度もない。しかし、妻は夫以外の男と寝ていた。家福にわかっている限りでは4人。相手は決まって映画で共演する俳優で、年下の場合が多かった。
「どうして彼女が他の男たちと寝なくてはならないのか、家福にはよく理解できなかった。そして今でも理解できていない」
妻が他の男の腕に抱かれている様子を想像するのはつらかった。しかしそれ以上に、秘密を知りつつ、知っていることを悟られないように、普通に生活を送ることが苦しかった。
「でも家福はプロの俳優だった。生身を離れ、演技をまっとうするのが彼の生業だ。そして彼は精いっぱい演技をした。観客のいない演技を」
家福は妻の死後、最後に作った「友だちらしきもの」のことをみさきに語り始める。それは、妻が寝ていた男。家福がその関係を知っていることを、男は知らなかった。
どうして妻がその男と寝ることになったのか、理解したかった。だから家福は男と友だちになった。「死んでしまった一人の美しい女に、いまだに心を惹かれ続けている」という大きな共通点がある2人は、何かと話が合った。
「『僕には致命的な盲点のようなものがあったのかもしれない』(中略)『僕は彼女の中にある、何か大事なものを見落としていたのかもしれない。いや、目で見てはいても、実際にはそれが見えていなかったのかもしれない』」
妻の秘密。夫の懊悩。妻が寝た男の言葉。それらに耳を傾ける寡黙なドライバー......。1度ですんなりと隅々までクリアに見渡せる作品ではない。読めば読むほど作品の深部が見えてくる気がして、何度でも読みたくなる。
■村上春樹さんプロフィール
1949年、京都市生まれ。早稲田大学文学部演劇科卒業。79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、『騎士団長殺し』など。ほかに『女のいない男たち』や『一人称単数』などの短篇集やエッセイ集など、多くの著作や翻訳書がある。
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