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主人公は独ソ戦の「女性狙撃兵」。いまこそ読みたい、本屋大賞ノミネート作。

同志少女よ、敵を撃て

 第11回アガサ・クリスティー賞受賞、第166回直木賞候補、2022年本屋大賞(4月6日発表)ノミネート。

 「規格外の大型新人」こと、逢坂冬馬(あいさか とうま)さんのデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、独ソ戦を舞台に女性狙撃兵がたどる生と死を描いたフィクション。

 逢坂さんは本書のプロモーションビデオで、「大変ハードな物語に挑戦」と語っている。その壮大なスケールと緻密な描写に、ただただ圧倒された。作品の力だけで十分注目に値するが、ロシアによるウクライナ侵攻も重なり、いっそう注目度を増している。

 独ソ戦が激化する1942年。ドイツ軍の殺戮により母親を奪われた少女セラフィマは、復讐のため女性だけの狙撃小隊に加わり、最大の激戦地スターリングラードへと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした"真の敵"とは?

戦いたいか、死にたいか

 1942年2月。モスクワ近郊にある小さな村に、セラフィマは母親と暮らしていた。秋にモスクワの大学へ入学することが決まっていた。卒業後は学んだドイツ語を活かして外交官になり、ドイツとソ連の仲を良くすることを夢見ていた。

 ところが、セラフィマの日常は一変する。急襲したドイツ軍により、目の前で母親も村人たちも惨殺されたのだ。自身も射殺される寸前、赤軍の女性兵士イリーナに助けられる。

 「戦いたいか、死にたいか」――。イリーナに尋ねられ、セラフィマは絶望のあまり「死にたいです」と答えた。するとイリーナは、「我がソヴィエト連邦に、戦う意志のない敗北者は必要ない!」と叫んだ。そして、母親の遺体にガソリンをかけて火を放った。

 セラフィマは置き捨てられた銃を拾い、イリーナに向けようとしたが一蹴された。イリーナは銃を拾って高らかに笑い、もう一度叫んだ。「お前は戦うのか、死ぬのか!」――。セラフィマは「ドイツ軍も、あんたも殺す! 敵を皆殺しにして、敵(かたき)を討つ!」と答えた。

 「敵を討つ。その言葉に自らの悲しみが収斂してゆくのを感じた。ドイツ兵を殺し、(中略)自らと母の亡骸を侮辱したイリーナを殺すのだ。悲しみが怒りへ、そして殺意へと変わってゆく」

優れた狙撃兵となるために

 イリーナは超一流の狙撃兵だった。イリーナが教官を務める女性狙撃兵訓練学校に連れて行かれたセラフィマは、そこで同じような境遇の女性たちと出会う。

 モスクワの射撃大会優勝者、カザフ人の漁師、ウクライナ出身のコサック......皆が故郷を、家族を喪っていた。セラフィマは優れた狙撃兵となるために、彼女たちとともに訓練を重ねていく。

 「いざ戦地に赴き、敵を撃つとき、お前たちは何も思うな。何も考えるな。......考えるな、と考えてはいけない。ただ純粋に技術に身を置き、何も感じずに敵を撃て。そして起点へと戻ってこい。侵略者を倒し、ファシストを駆逐するために戦っているという意識へ」

 脱落者を出しながら訓練生活は進み、いよいよ卒業のときを迎えた。「我々はこれより、最高司令部直属の狙撃専門小隊として遊撃する」――。1942年11月。セラフィマたちは、スターリングラードを奪還するための攻防戦へ。

私の信じる人道の上に立つ

 激しい戦闘が繰り広げられ、あまりにも多くの死を見た。そのうちセラフィマは、自身のある変化に気づく。人を殺せないと思っていた自分が、今や殺した数を「スコア」と呼び、スコアの高さを自慢し、楽しんでいることに。

 「自分が怪物に近づいてゆくという実感が確かにあった。しかし、怪物でなければこの戦いを生き延びることはできないのだ」

 セラフィマはひたすら生き残り、復讐を果たすことだけを考えて戦ってきた。しかし、「自分を支えていた原理」が揺らぐ。被害者と加害者。味方と敵。自分とフリッツ(ドイツ兵のこと)。ソ連とドイツ。それらは全て同じだと信じていたが......。

 主人公が女性兵士とは意外だが、第二次世界大戦時のソ連では100万人近くの女性が従軍したそうだ。

 逢坂さんはウェブメディア「本の話」のインタビューで、「普通の、少女と言ってもいい年頃の女性たちが、武器をとり戦わざるを得ない状況になり、望むか否かによらず順応してしまう。その姿を通して従来の男性中心とは違う戦争を書きたかったんです」と語っている。

 現在の国際情勢下で注目されることに、ご本人はやりきれない気持ちがあるという。ただ本書が、まさにいま現実に起きていることを、より深く見たり考えたりするきっかけになることは間違いない。いま読むことに意味がある、いまこそ多くの人に届いてほしい作品。

 「私は、私の信じる人道の上に立つ。同志少女よ、敵を撃て」

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■逢坂冬馬さんプロフィール

 1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。『同志少女よ、敵を撃て』で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞し、デビュー。埼玉県在住。


※画像提供:早川書房



 


  • 書名 同志少女よ、敵を撃て
  • 監修・編集・著者名逢坂 冬馬 著
  • 出版社名早川書房
  • 出版年月日2021年11月25日
  • 定価2,090円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・496ページ
  • ISBN9784152100641

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