「この本を読み終わったとき最初に思い浮かんだ人を、どうか大切にしてください――。」
『お探し物は図書室まで』が2021年本屋大賞2位に選ばれた青山美智子さん。本書『赤と青とエスキース』(PHP研究所)は、2度読み必至の仕掛けに満ちた連作短篇。2022年本屋大賞(4月6日発表)にノミネートされている。
オーストラリア・メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画」。日本へ渡って30数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく。
「壁にかかった一枚の絵の前に、わたしは立つ。その絵は、多くを語り出す。わたしだけにわかる言葉で。わたしは愛しいその姿と向き合い、ほほえみかける。ああ、いい絵だ」
1枚の「絵画」をめぐる、5つの「愛」の物語。「恋人」「推し」「弟子」「元彼」......さまざまな「愛」が描かれるが、どれも同じ1枚の「絵画」がカギに。すべて読み終えたとき、ある真相が浮かび上がる。
プロローグ
一章 金魚とカワセミ
メルボルンに留学中のレイは、現地に住む日系人のブーと恋に落ちる。ふたりは「期間限定の恋人」として付き合い始めるが......。
二章 東京タワーとアーツ・センター
額職人の空知(そらち)は、淡々と仕事をこなす毎日に迷いを感じていた。そんなとき、「エスキース」というタイトルの絵画に出会い......。
三章 トマトジュースとバタフライピー
漫画家タカシマのかつてのアシスタントが、「ウルトラ・マンガ大賞」を受賞した。雑誌の対談企画のため、ふたりは久しぶりに顔を合わせるが......。
四章 赤鬼と青鬼
パニック障害を発症し、休暇をとることになった茜。そんなとき、元彼の蒼から連絡が......。
エピローグ
水彩画の大家になったジャック・ジャクソンのもとに、ジャックが20代の頃に描き、手放した絵画が戻ってきて......。
ここでは「一章 金魚とカワセミ」を紹介しよう。
交換留学生としてメルボルンに来たレイと、現地のデザインスクールに通うブーは、「期間限定の恋人」だった。レイが日本に帰る日まで。「始まれば終わる」と慎重だったレイに、ブーが提案した関係だった。
「エンドマークの位置が決まっている関係。上映終了時刻がわかっている映画みたいに。それならたぶん、お互いに熱すぎず冷たすぎず、持っていられる。そのときの私には、それがちょうどいい温度のような気がしたのだ」
いよいよ来週末日本に帰るという頃、レイはブーから「絵のモデルをやってくれないか」と頼まれた。友達に画家の卵がいるのだという。もう日にちがなかったが、「エスキース」(下絵のこと)だけでいいと言われ、「......いいけど」と返事をした。
画家の卵の名は、ジャック・ジャクソン。絵を描く前に、ジャックはこう言った。「描いているうちに、自分でも予想できないことが起きるんだ」と。
「エスキースは、そのとっかかりでね。何をどんなふうに表現したいのか、自分の中にある漠然としたものを描きとめて、少し具体的にするんだ。本番じゃないから、誰に見せるわけでもないし何度描き直したっていい」
イーゼルと向き合い筆を走らせるジャック。ジャックの隣の椅子に座るブー。少し斜めを向くレイ。ブーはレイを見て、レイもブーを見て、「見つめ合うような格好」になった。
「あと数日で、私は日本に帰る。期限つきの関係。私たちは終わりに向かって、恋をしてきたのだ。(中略)座っていた椅子が倒れて、床で激しい音をたてた。私が急に、立ち上がったせいで」
ジャックは「エスキース」を完成させた。ただ、そこから「本番」を新しく描き起こすことはしなかった。リアルタイムで「あんなシーン」を描くという幸運に見舞われ、いくら手をかけてもそれ以上の作品にならないと思ったのだ。それがのちに、ジャックの人生を左右することに――。
本書は、ジャックが描いた1枚の「絵画」が、人生の「エスキース(下絵)」を描いている人に「本番」を描くきっかけを与えているようにも読める。
「私たちは色を失くしたりしない。色のない世界に私たちはいない。そのときの自分が持つ色で、人生を描いていくのだ」
2年前、PHPの編集者から青山さんに小説執筆の依頼があったという。「『木曜日にはココアを』は、場所が横に動いていて、『鎌倉うずまき案内所』は、時間が縦に動いていました。今度はモノが斜めに動くような小説を書きませんか?」。
「面白いことを言うなあ」と思い、そこから「一枚の絵が、いろんな時代といろんな人々をめぐっていく物語」というアイデアが固まったそうだ。
本書は、色鮮やかで、あたたかみがあって、ちょっとミステリアス。個人的には、真相がうっすら見えてくる「四章 赤鬼と青鬼」で、おお......と感動した。すらすら読めて、心地いい読後感が残る作品。
■青山美智子さんプロフィール
1970年生まれ、愛知県出身。横浜市在住。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。第28回パレットノベル大賞佳作受賞。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。『お探し物は図書室まで』が2021年本屋大賞2位に選ばれる。他の著書に『猫のお告げは樹の下で』『鎌倉うずまき案内所』『ただいま神様当番』『月曜日の抹茶カフェ』など。
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