日本で起こる殺人の半数は家族間で起きている。本書『家族間殺人』(幻冬舎新書)は、長く殺人加害者家族の支援を続けてきた著者が、家族の同意を得た上で、さまざまな事件を紹介したものである。殺人事件が起きた家庭の家族は、加害者家族であると同時に、被害者家族でもある。
著者の阿部恭子さんは、NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的にした任意団体World Open Heartを設立。仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした相談や支援を始めた。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)などがある。
阿部さんが支援にかかわった約300件の殺人事件のうち、120件が家族間で発生したものだが、その実態はあまり知られていない。家族以外の人間を殺害した場合に比べ、報道の期間は短く、事件の原因を含めた問題が深く掘り下げられることはなかったからだ。
メディアの関心が低いのは、人々が巻き込まれるリスクの有無であり、「あえて乱暴な言い方をすれば、家族間で殺し合うのならどうぞご勝手にということなのだと思います」と書いている。
しかしながら、親が小さな子どもを殺した事件は世間の関心も高い。2019年1月、千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛(みあ)さんが父親によって虐待死した事件を冒頭で取り上げている。発生直後に、「加害者家族ホットライン」に、被害者の叔母で、加害者の妹である30代の女性から相談電話がかかってきた。
「昨日は両親が、週刊誌の取材の車3台に追いかけられて、警察署に逃げ込んだんです。でも、重大事件の容疑者の家族は保護できないと言われて......」
一家と裁判の経過について、詳細に書いている。2020年2月、心愛さんの祖母良子さん(仮名)による記者会見が千葉県柏市で開かれた。阿部さんが設定したものだ。まもなく始まる裁判員裁判に向けて報道が再び過熱するおそれがあり、阿部さんが報道陣への窓口として一定の情報を出す代わりに、親族の自宅周辺への取材や直接取材を控えてもらうためだった。
息子の性格について、良子さんは「地球は四角いと思ったら、それが正しいと通すほど頑固」と話した。心愛さんが亡くなる3カ月前に書いた「自分への手紙」も持参していた。「心愛ちゃんを返してほしい......」。会見の最後、堰を切ったように涙を流しながら訴えた。
法廷では凄絶な虐待が明らかになった。2020年3月、千葉地裁は被告人に懲役16年を言い渡した。自ら動画で虐待の一部始終を記録し、動かしがたい証拠を残しているのに、虐待を否定した父親。
阿部さんは、彼が未だに社会的な「虐待」の意味を理解していないのではないか、と指摘する。また、あまり引用したくないような母親の行動にも触れている。
父親は1977年生まれ。転職を繰り返し、非正規雇用で親の援助によって生活は成り立っていた。阿部さんは「(彼の)父親と同じ条件で働いていたならば、家族間のトラブルにもある程度余裕を持って対処でき、虐待死のような重大事件を起こすことはなかったのではないかと私は考えている」と書いている。
このほかにも岩手妊婦殺害・死体遺棄事件、宮﨑家族3人殺害事件、元農水事務次官長男刺殺事件などを取り上げている。
「第10章 家族と社会の責任」で、欧米には、加害者家族を支援する団体が数多くあるが、日本には3団体しかないとあり、驚いた。家族責任論が日本では強いからだ、と見ている。
最終の「第11章 家族間殺人を防ぐには」では、新型コロナウイルスの影響で、虐待やDVが深刻化していると警告している。昨年4月には東京都内でとうとう夫が妻に暴行を加え、死亡させるという事件が起きた。新型コロナの影響で収入が減り、妻から収入が少ないと言われ、カッとなったと供述したという。
阿部さんは、多くの家族間殺人は、家族とはこうあるべきという呪縛から逃れられずに起きている、と書いている。世間体を気にせず、離婚や別居をするという決断。家族形態もシングルから事実婚、同性カップルなど多様性が広がることが、個人を根拠のない劣等感から解放し、結果として家族が追いつめられる事件を防ぐのだと考えている、と結んでいる。
BOOKウォッチでは、阿部さんの『息子が人を殺しました』『家族という呪い――加害者と暮らし続けるということ』(いずれも幻冬舎新書)のほか、阿部さんが編集した『加害者家族の子どもたちの現状と支援――犯罪に巻き込まれた子どもたちへのアプローチ』(現代人文社)などを紹介している。
相談や支援をしながらの著作活動だが、叙述のレベルは高く、感心する。新しいタイプの社会活動家である。
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