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傑作。見逃さないで。「本屋大賞」翻訳部門No.1作家の新刊

三十の反撃

 本書『三十の反撃』(祥伝社)は、2020年本屋大賞翻訳小説部門第1位『アーモンド』の著者ソン・ウォンピョンさん、訳者・矢島暁子さんのコンビが放つ待望の第2弾。

 著者が2015年に初稿を書いた時のタイトルは『普通の人』。17年に『一九八八年生まれ』のタイトルで済州4・3平和文学賞を受賞。同年『三十の反撃』として韓国で刊行された。

 「すべての人に勇気をくれる傑作」と帯にある。個人的に「傑作」の2文字がこれほどしっくりくることはそうそうなく、見逃したらあまりにも惜しい作品だと思った。

 「普通の人の時代は来なかった。代わりに(中略)私はほかの人たちとは違うすごく特別な人間なんだと、だからどうか私に注目してくれと、ありったけの力を込めて叫ばなければならない時代がやってきた。私は、よりによってこの時代に青春の終わりを迎えたたくさんの人たちの中の一人だ」

88年生まれに1番多い名前

 主人公は非正規職の30歳、キム・ジヘ。ソウルオリンピックが開催された1988年生まれ。「ジヘ」は、この年に韓国で生まれた女の子に1番多い名前である。同じクラスに「ジヘ」が5人いたこともあった。

 「ちょっと残念に思うこともあったが、結果的には私にぴったりの名前だった。ときにはその無数にいるという匿名性の中に隠れられることが幸いだった。自慢できることの多くない人生には、その方が合っている」

 ジヘは名前のとおり、平凡を絵に描いたような大人になった。半地下に暮らし、アカデミーでインターンをしながら、大企業の正社員を夢見ている。

 ある日、教授に忘れ物を届けるためカフェにいたところ、突然、大きな声が店内に響いた。「よう、パク先生」――。山賊みたいな風貌。顎を覆った濃いひげにぼさぼさの髪。がっしりした体格とは対照的に、鼻筋と顎のラインはちょっと神経質そうな男。

 他人の成果の横取り、未成年者へのセクハラ事件など、教授の起こした数々の不祥事を言い捨て、最後に「恥を恥とも思わないで生きていると、いつか人生のすべてを恥じる日が来ますよ」と一喝。男はカフェの外に消えた。

僕たちに必要なのは「転覆」

 それから間もなく、ジヘの職場に新しいインターンがやってきた。名前はイ・ギュオク。ジヘと同い年。なんと、カフェで教授に恥をかかせたあの男だった。

 ギュオクは愛想が良くて礼儀正しく、仕事にも積極的。新入りにしてはずいぶん自然体で豪快だった。しかし「どこか妙な陰」が、「説明し難い異質感」があった。講義室の片付けを終え、自販機でコーヒーを1杯ずつ選ぶ。「乾杯」。ギュオクの言葉に、ジヘも軽く答えた。「乾杯」――。

 「心の中では、まだギュオクを警戒していた。でも、何かが変わってきた。この乾杯によって、よくわからない作戦の共謀者にでもなった気がした。そして、実際にそうなるまでに、それほど時間はかからなかった」

 ジヘはギュオクに誘われ、ウクレレ講座に参加する。そこで知り合った仲間とともに、ギュオクが提案する世の中に対する「反撃」を始める。

 「反撃」とはどんなものか。ギュオクは「僕たちに必要なのは転覆」と言った。「世の中全体は変えられなくても、小さな理不尽一つひとつに対して、相手に一泡吹かせることくらいはできると信じること。そんな価値観の転覆なんです」と。

どんな大人になりたいのか

 ある時、ジヘは顔を上げて鏡を見た。そこに映るのは、こんな「私」だった。

 「三十歳の、若いといえば若い人生の落伍者が立っていた。(中略)ただ、一日一日生きてきただけだ。自分の力量の分だけ、自分の能力の分だけ。自分の性格が支えてくれるちょうどその分だけ。それが私だった」

 読みながら、登場人物との一体感が芽生えてくる。自分もジヘと同じく「本当の自分」を模索中の「普通の人」だと気づき、「反撃」の共謀者になったかのようだった。

 紹介しながらつい力が入ってしまうが、本作が記憶に残る1冊になる読者は、相当数いるのではないだろうか。最後に「作者の言葉」を引用したい。

 「私は、自分自身とあなたたちに聞きたかった。どんな大人になりたいのかと。今という時間をどのように記憶し、刻んでいくつもりなのかと。反撃がうまくいかないとしても、心の中にこころざしの一つくらいは持って生きるべきではないのかと。そんな問いや思いが集まって、この作品が生まれたのだと思う」

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■著者 ソン・ウォンピョンさんプロフィール
 ソウル生まれ。西江大学で社会学と哲学を学び、韓国映画アカデミーで映画演出を専攻。多数の短編映画の脚本、演出を手がけ、「シネ21映画評論賞」、「科学技術創作文芸・シナリオシノプシス部門」を受賞。2020年長編映画監督作品『侵入者』公開。文壇デビュー作となった『アーモンド』(2017)で第10回チャンビ青少年文学賞を受賞。『三十の反撃』(2017)で第5回済州4・3平和文学賞を受賞。他に、長編小説『プリズム』(2020)、短編小説集『他人の家』(2021)がある。

■訳者 矢島暁子さんプロフィール
 学習院大学文学部卒業。高麗大学大学院国語国文学科修士課程で国語学を専攻。訳書に『アーモンド』のほか、チョ・ナムジュ『ミカンの味』(朝日新聞出版)、イ・ギュテ『韓国人のこころとくらし――「チンダルレの花」と「アリラン」』(彩流社)、キム・エランほか『目の眩んだ者たちの国家』(新泉社)、洪宗善ほか『世界の中のハングル』(三省堂)がある。


※画像提供:祥伝社



 


  • 書名 三十の反撃
  • 監修・編集・著者名ソン・ウォンピョン 著、矢島 暁子 訳
  • 出版社名祥伝社
  • 出版年月日2021年8月20日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・304ページ
  • ISBN9784396636128

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