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韓国で大反響のエッセイ「私は自分のパイを~」の衝撃度

私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない

 ここ数年、韓国エッセイが日本でも人気だ。表紙のイラストとタイトルに目を奪われるものが多い。

 今回紹介するのは、ショートカットの女性が表紙を飾る「自分の分け前を取り返したい女性のための野望エッセイ」。

 キム・ジナさん初の著書『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』は、韓国で発売直後から大反響を呼び、発売後3ヵ月で5刷となった話題作。本書(祥伝社)は、同書の待望の日本語訳である。


 「これは私の物語であり、二〇一六年の江南(カンナム)駅殺人事件以降進んでいる韓国女性たちの集団覚醒についての記録だ」

 江南駅殺人事件とは、ソウルの江南駅付近にある雑居ビルの男女共用トイレで20代の女性が見知らぬ男性に殺害された事件。犯人が「女性たちが自分を無視するからやった」と供述したことなどから、「女性嫌悪による犯罪」という声が相次いだ。

 その後、韓国ではフェミニズムに興味を持つ女性が増え、「20代の女性の48.9%が自分をフェミニストだと思っている」とする調査結果もあるという。

変わることを選択すれば

 生まれてこのかた「家父長制依存症」をわずらってきて、あいかわらず「中毒状態」という著者。「リハビリの一環で」この文章を書いているが、中毒から抜け出すのは容易ではない。

 だからこそ「覚醒の道へと進む野望を持った女性たち」を尊敬している。猛烈に成長していく彼女たちを見ていると、「私もしっかりがんばらなきゃ」と思えてくるという。

 「その決心をこうして文字に残し、努力しつづければ、いつかは自分の言ったことと行動が一致する日が来るはず。女の人生は、四十からでしょ。遅すぎることなんてないって!」

 「野望を持った女性たち」として、知事の性的暴行を告発した前秘書官、検察内のセクハラ・パワハラを告発した検事、コーチからの暴行を告発した選手などの名を挙げている。

 「教育と情報と野望と勇気を備えた女性が、すでに韓国の今日を変えつつある。一〇年後、韓国はもっと変わることができる。あなたと私が変わることを選択すれば」

「これ見よがしに生き残ってやる!」

 本書は「外に飛び出した『自分ひとりの部屋』」「野望は女を生かすのだ」「退職は私の選択だったのか?」「私は私の世帯主」「『セックス・アンド・ザ・シティ』脱出」「女性の人脈づくり」「政治をしましょう」など、20のテーマからなる。

 たいへんこなれた訳で読みやすい。威勢がよくて凛々しい、著者のそんな人物像が浮かび上がってくる。内容が濃く、訳注も丁寧につけられている。ページ数はコンパクトだが、読み応え十分だ。

 著者は広告代理店を退職後、広告コピーライターとして働きつつ、パブ、そしてカフェをオープンした。コーヒーやパイの豊かな香りとジャズに満たされた空間。

 優雅でいいなと思うが、カフェをオープンする前にも後にも、「私はどれほど大きな無力感に襲われ、追い詰められていたか」。本業の広告もパブもうまく行かなくなり、40代になってから再就職を試みたが「キャリアが長すぎますね」という反応を示されたという。

 「『これ見よがしに生き残ってやる!』。自ら退場することを望む世間を相手に、私は抗っていくことにした。(中略)これは私個人の話であり、女性の普遍的な話でもあるんだから」

日本の女性と通じている、似ている

 そうしてオープンしたカフェは、フェミニズムも性差別も思うぞんぶん話せる空間。足を踏み入れた瞬間、目に入るようにしているスローガンは「More Dignity Less Bullshit」。

 「私自身、Dignity(尊厳)は毎日かみしめている言葉だ。私を含め、生涯にわたって洗脳されてきたという『半人前感』と闘う女性たちに贈りたいメッセージでもある」

 韓国で初エッセイを刊行してからの2年間、自身も予想していなかった政治ドラマを展開してきたという著者。今年4月にソウル市長選挙に出馬し、候補者12人中4位につけた。

 「女性一人でも住みよいソウル」をスローガンに発言する著者のもとに、日本の女性たちからも共感の声が寄せられたそう。「自分は韓国の男性より日本の女性と通じている、似ている」と改めて感じたという。

 肌感覚では、日本は韓国ほどフェミニズムが盛り上がっているわけではない。そんな日本で暮らす身として、著者の熱い闘志にふれたことは衝撃だった。
 「何よりフェミニズムは平和主義でもなければ、モラルのための闘争でもない。男たちに奪われてきた女の分のパイを取り戻すための闘争なのだ。(中略)私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない!」

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■キム・ジナさんプロフィール
 コミュニケーション・ディレクター。時代や社会へ向けたメッセージを広告や空間を通じて発信する。弘益大学視覚デザイン科卒業後、広告代理店に入社。現代自動車、現代カード、バッカスなど大手企業のCMを次々に手がけ、独立後の2013年には大韓民国広告大賞も受賞。フェミニズムに目覚めてからは、女性嫌悪を排除した広告作りに邁進する。16年に発表した化粧品広告でフェムバタイジング(Femvertising、フェミニズムFeminismと広告Advertisingを掛け合わせた造語)の先陣を切った。また、「外に飛び出した自分ひとりの部屋」をコンセプトに運営する「ウルフソーシャルクラブ」はソウル有数のフェミニズム空間であり、19年3月にニューヨーク・タイムズにも紹介された。今年4月のソウル市長選挙に立候補。

■すんみさんプロフィール
 早稲田大学大学院文学研究科修了。イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(共訳)、ユン・ウンジュ『女の子だから、男の子だからをなくす本』ほか、訳書多数。

■小山内園子さんプロフィール
 東北大学教育学部卒業。社会福祉士。2007年社会福祉士として派遣された韓国「ソウル女性の電話」にて、差別や暴力被害に苦しむ韓国の女性たちの現状を知る。イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(共訳)、カン・ファギル『別の人』ほか、訳書多数。


※画像提供:祥伝社



 


  • 書名 私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない
  • 監修・編集・著者名キム・ジナ 著/すんみ、小山内園子 翻訳
  • 出版社名祥伝社
  • 出版年月日2021年7月10日
  • 定価1,650円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・192ページ
  • ISBN9784396617608

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