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燃え殻の新作『これはただの夏』を読みながら、2021年の夏を感じたい

これはただの夏

 2017年のデビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーになり、一躍注目された、燃え殻さんの新作『これはただの夏』(新潮社)が、7月29日(2021年)刊行された。小説だけでなく、エッセーでも多くのファンを持つ燃え殻さん。評者も週刊誌の連載を愛読しているので、新作と聞き、手に取った。

 「普通がいちばん」「普通の大人になりなさい」と親に言われながら、周囲にあわせることや子どもが苦手で、なんとなく独身のまま、テレビ制作会社の仕事に忙殺されながら生きてきてしまった「ボク」という主人公の設定に、テレビ美術制作の仕事をしている著者の横顔が垣間見えるかもしれない。

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 幕開けは縁もゆかりもない新郎新婦の結婚披露宴から始まる。唯一、まともにつきあえるテレビ局のディレクター大関とともに、お笑い界で一番人気の若手漫才師が出演した、お祝い動画をつくり、大手広告代理店に勤める新郎の披露宴に、営業目当てで潜り込んだのだ。新婦は赤坂の老舗料亭の娘だそうだ。

結婚披露宴の二次会で知り合った彼女

 新婦の友人に、キラキラの黒いワンピースを着ていた女性がいた。顔もスタイルも抜群で、「反則だろ」という大関が、押しの強さで彼女らを二次会に誘う。

 気がつくと翌朝、彼女と二人でファミレスにいた。めちゃくちゃ飲んだらしい。彼女を連れ出し、ずっと歩きながら話したという。「ウチら高校生みたいに。私は忘れられないかもな」という彼女。「優香」と名乗った彼女と何を話したか、ほとんど覚えていなかったが、どこか寂しげな表情だけは、頭にこびりついた。

 マンションに帰ると、エントランスで別冊マーガレットを独り読んでいた小学生の明菜と会話を交わすうち、その後ひょんなことから数日間、面倒をみることになる。このあたりの雰囲気は、ジャン・レノが出演した映画「レオン」に似ている。少しませた少女と冴えない中年男の取り合わせだ。

 二人で入ったモスバーガーで偶然、優香に会い、同席する。仕事を尋ねると、「老舗ではないけど、その界隈では、そこそこ古い店。古いだけの店」と他人事のように答える優香だった。

 大関から電話があり、ステージ4の末期がんだと告げられる。同時に、週刊誌の風俗記事に「反則」の彼女が出ていることを教えられる。送られたメールの写真を見ると、優香だった。五反田の風俗店で働いていることを知った。

 店に予約し、船底みたいな部屋で優香と再会する。「ああ、マジで消えたい」という優香。「このまま話をつづける? それともサービスにする?」。この後の二人の会話が傑作だ。

 「あなたはグサッと刺さることを、私に訊いたの。『君は赤坂の老舗料亭の娘の友だちだし、どうせ普通以上の幸せなんだろ?』って」
 「そんなこと言った?」
 「その答えは週刊現在のグラビアと今日この場所でわかったでしょ。答えが出たところで、次の質問。恵まれていたはずの君は、どうしてここで働いているのか? でしょ」

 気まずくなったが、優香は「予約、また入れてよ。ここでごはんを一緒に食べようよ」と言い、自分が弁当を作ってくるという。

奇妙な関係の始まり

 この後、「ボク」の部屋で明菜と優香と三人で食事をし、二人は泊まっていく。不思議な関係が始まる。

 また、明菜と一緒に大関を見舞いに行く。どれもあり得ないような展開なのに、しっくり来るのはなぜだろう。四十台半ばという「ボク」の設定のせいだろうか? 風俗店のナンバーワンという優香だが、二人の間に性的なことは何も起こらない。明菜を交えた奇妙な関係はずっと続くように思われたが......。

 しきりにプールの場面が出てくる。夏のけだるい暑さが、そこだけ切り取ったように、鮮明にひんやりと感じられる。

 「騒がしかったプールサイドの騒音がオフになる。優香はボクの海水パンツをズラそうといたずらをする。それを見て、明菜がゴボゴボと水泡を吐き、笑っている。水泡は海月みたいにゆらゆらと揺れていた。明菜は息がつづかなくなり、水面に浮上していく。優香がボクにむかって指を上にあげ、ボクらも水面に上がる」

 9月には東京で二度目になるオリンピックの開催が決まるかもしれない、という何年か前の夏の出来事だ。いまオリンピックが開かれている真夏の東京で、この本を読んでいると、せつない気分になってくる。

 人にはそれぞれ、うまく語ることのできない夏の記憶や思い出があるだろう。燃え殻さんは、本書で奇妙な四人の関係を通じて、一瞬の大切さを描いている。もう二度と戻って来ない今年の夏。蝉の声を聞き、オリンピックの中継放送を聴きながら、この貴重な夏の時間をかみしめた。

 『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、2021年秋、Netflixで森山未來出演により映画化、世界に配信予定だ。本書も映像化が待たれる。

 BOOKウォッチでは、燃え殻さんの『夢に迷って、タクシーを呼んだ』(扶桑社)、『相談の森』(ネコノス)、『すべて忘れてしまうから』(扶桑社)を紹介済みだ。



 


  • 書名 これはただの夏
  • 監修・編集・著者名燃え殻 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2021年7月29日
  • 定価1595円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・212ページ
  • ISBN9784103510123

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