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表紙から物語が始まってるよう...岩井俊二の新作は絵画ミステリー

零の晩夏

 どんな物語が展開されているのか。本の表紙から、なんとなくイメージは湧くものである。それが今回は表紙からすでに物語が始まっているかのような、装丁からしてミステリーともいえる1冊と出会った。

 本書『零の晩夏』(文藝春秋)は、映画監督・脚本家・作家などとして活躍する岩井俊二さん初の絵画ミステリー。もともと本作は、写実画家・三重野慶さんの作品に触発されて、岩井さんが執筆を開始したものだという。


 「時に絵は一瞬で見る者を魅了する。何かが心に刻まれる。言葉にするのは難しい。あの感覚を小説で表現できないだろうか? そんな無謀な発想からこの物語を書き始めた。浮かび上がってきたのは、自分でも意外なほどねじくれた業の深い物語だった」
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著者の岩井俊二さん(画像提供:文藝春秋)

"零の晩夏"の衝撃

 本書の装丁のミステリーについては、ぜひ実物を手にとって体感していただければと思う。ここでは早速、物語の内容を紹介していこう。

 「彼女(モデル)たちは例外なく死に至る。"死神"の異名を持つ謎の絵師ナユタ。その作品の裏側にある禁断の世界とは?」――。

 物語は、主人公・八千草花音(かのん)が現在から過去を振り返る形式で語られる。これは花音が丹念に調べ上げたナユタの記録ともいえる。

 事の始まりは去年2月。「この人、花音先輩に似てないですか?」と、職場の後輩から1枚の写真が送られて来た。それは千葉県の美術館で開催中の展覧会"超写実絵画の若き才能たち"の中の1枚で、作者名は「零(ぜろ)」、作品名は「晩夏」とのことだった。

 そう、写真と思った1枚は絵画だったのである。「もはや絵であることを視認できないレベル」のクオリティに、花音は衝撃を受ける。

 「この一枚をどうしても観たい! あの衝動は何だったのだろう。(中略)絵の道を諦めた私であったが、この絵に出会った刹那、あたしもやりたい! (中略)あんな無邪気な衝動が不意に私を襲った」

謎の画家の"死神伝説"

 高校の美術部では、2つ下に加瀬真純という男子生徒がいて、花音は加瀬に油絵を教えた。美大に進学するも、加瀬の才能に打ちひしがれて普通に就活した。

 卒業後は広告代理店に勤務したが、セクハラ上司をめぐるゴタゴタに嫌気が差し、退社。そして知人の紹介で、研修生として美術雑誌編集部の仕事を得た。そこで花音は、顔も履歴も公表していない謎の画家・ナユタの特集記事を任される。

 「ナユタが描いたモデルは必ず死ぬ」。なんでも、ネット界隈で"ナユタの死神伝説"なるものが噂されているという。臨終間際の人や解剖中の人体など、確かに死をテーマにした作風ではあるものの、街角に立つ若い女性や裸婦のモデルまで、すでにこの世にいないのだとか......。

 ここで1つ、花音が見つけた記事に書かれていた「ナユタの死神伝説の核心」となるミステリーにふれておこう。

 その記事によると、「花の街」と題された3点があり、モデルの3人は今年1月のバス事故で亡くなったという。3人は実名も顔写真も公開されていない。では、ナユタはどうやって彼女たちを描いたのか。

 また、事故が起きたのは展覧会オープンのわずか10日前。事故後にこれらを描くことは不可能と思われる。つまりナユタは事故の前に3人を描き、描かれたモデルが死んだ、と考えられる。記事の筆者は次のようにまとめている。

 「この作品のモデルたちは、どうやら一人としてもはやこの世にいないのである。この絵のモデルたちはまさに、ナユタという画家にその身を捧げているように思えてならないのである」
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 ナユタの謎は深まるばかり。ナユタとその作品世界を、花音は一体どんな記事にできるのか。任されたのはわずか8ページ。しかし、それはまるで「百号キャンバスの大作に挑むかのような心地」であった。

 読者としては、ナユタとともに零も気になるところ。次々と明かされる事実に、ついていくのに必死だった。表紙のどこかひんやりした空気と、花音の溌溂としたキャラとのギャップを味わいつつ、面白くてあっという間に読んだ。

 ウェブメディア「本の話」では、岩井さんの YouTube チャンネル「岩井俊二映画祭チャンネル」でも公開されている作品PVを見ることができる。さらに、本書の刊行を記念して、第1章「絵」から第7章「ナユタ」の各章が、6月25日より毎週火曜・金曜に公開される。


■岩井俊二さんプロフィール

 1963年生まれ。宮城県出身。『Love Letter』(95年)で劇場用長編映画監督デビュー。映画監督・小説家・音楽家など活動は多彩。代表作は映画『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』、小説『ウォーレスの人魚』『番犬は庭を守る』『リップヴァンウィンクルの花嫁』『ラストレター』など。映画『New York, I Love You』『ヴァンパイア』『チィファの手紙』で活動を海外にも広げる。東日本大震災の復興支援ソング『花は咲く』では作詞を手がける。映画『花とアリス殺人事件』では初のアニメ作品に挑戦、国内外で高い評価を得る。2020年1月に映画『ラストレター』が、同年7月には映画『8日で死んだ怪獣の12日の物語』が公開された。


※画像提供:文藝春秋



 


  • 書名 零の晩夏
  • 監修・編集・著者名岩井 俊二 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2021年6月25日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・384ページ
  • ISBN9784163913889

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