「三体」シリーズは三部構成でそれぞれ上下2巻だから、全体では6巻という大作。積み上げると厚さ15センチ超になる。全世界で2900万部を突破した、中国のSF『三体』の第三部「死神永生」の邦訳が、先月末にようやく出て完結した。
2019年に第一部をBOOKウォッチで紹介したが、第一部はほんのプロローグに過ぎなかったことがわかった。
異星文明とのファーストコンタクトものとして始まった本シリーズだが、タイトルの「三体」人と「三体」文明は、第二部「暗黒森林」でようやくその全貌を現し、第三部「死神永生」において人類は驚愕の結末を迎える。
評者は第一部を読んだ後、完結するまであえて第二部を読まないことにしていた。だから、今回都合4巻をまとめて読み、頭がくらくらする思いがした。第一部の時点では想像もつかなかった、はるけき地点まで来てしまったという感慨でいっぱいだ。
第一部でも「三体」的な世界観は提示されていた。「三つの太陽を持つ惑星に文明が生まれたら」という設定のゲームが登場していた。質量が同じ、もしくはほぼ同程度の三つの物体が、たがいの引力を受けながらどのように運動するかという、古典物理学の代表的な問題が根底にある。
一般的な解は存在しないだけでなく、ほとんどの系は不安定で予測不能な状態になる。そんな星に生まれた「三体」人と「三体」文明は、地球をはるかに凌駕する高度な科学技術文明を謳歌していた。だが、しかし......。
地球文明の存在を知った「三体」人は、自らの存亡をかけて地球に向けて艦隊を派遣する。今から四世紀後に到着することを知った地球人との駆け引き、戦闘が第二部、第三部の白眉となる。
たくさんのSF的ガジェットが登場する。アニメの宇宙戦隊モノがちっぽけに思えるほどのテクノロジーの描写と説得力に圧倒される。でもそれだけならアニメやゲームとたいして変わらない。本シリーズの中核にあるのは、人間の「思惟する」力だ。
宇宙空間をワープする宇宙船など科学技術に優れた「三体」人だが、ある弱点があった。地球人はその弱点を突いて、突拍子もない作戦に打って出る。
本シリーズはオバマ元大統領らが絶賛し、アメリカでも100万部以上売れたそうだ。IT技術などの覇権をめぐり米中が火花を飛ばしているが、中国の科学技術への恐れが根底にあり、売れたのもそのせいかもしれない、と思った。実際、本書の科学技術についての記述は本格的だ。著者の劉慈欣は1963年生まれ。発電所でエンジニアとして働きながら執筆している。
科学技術の特許の数では、日本を追い抜いたという中国。特段の科学エリートでもない著者が本シリーズを書いたと知り、思い出したのが、中島恵さんの『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ)である。
日中の教育水準の格差に触れていた。一言で言えば、「日本の中学3年生は、中国の小学4年生ぐらいだ」というのだ。日本では常にトップクラスの成績だった中3の女子生徒が両親と帰国し、西安の中学に編入すると、高校入試の模擬試験で学年最下位になってしまった話を紹介している。日本では、中国の歴史や政治の科目は学んでいなかったから、大きなハンディがあったが、それだけではない。数学や理科でも相当な遅れがあったそうだ。
中学のクラスは成績順の編成だという。高校では成績優秀者を出した教師に報奨金が与えられる。北京大、清華大などの難関大の合格者を出せば、高校にも報奨金が出るという。
SF好きの日本の技術者に「三体」が書けたかというと難しいと思う。それくらい、中国の科学技術は大きな裾野を持って発展している。
本シリーズはブラッド・ピットが出演し、Netflixでドラマ化されることが決まった。主要な登場人物表が本に差し込まれているほど、多くの人が登場し、叙述も少し屈折しているところもあるので、アメリカの制作陣がどう料理するのか興味深い。
大森望さんを中心とする翻訳陣の活躍も見逃せない。大森さん以外の訳者が中国語版テキストから翻訳、大森さんが原テキストと英訳テキストを参考にしながら改稿したという。
本書には重要なキャラクターとして、陽子を改造した微粒子コンピュータ「智子」(ソフォン)と、「智子」(ソフォン)を通じてコントロールされる女性型アンドロイド「智子」が登場する。
いきなり和服姿で出てくるので、どうしても「ともこ」と呼びたくなる、と大森さんは書いているが、評者も自分が知っている智子さんたちを連想しながら楽しく読んだ。
なにしろ、「智子」(ソフォン)は地球のあらゆるところに存在し、地球人を監視しているので、地球人はうかつな言動が出来ないのだ。
中国製のソフトやスマートフォン、マイクロチップなどにバックドアが仕込まれ、情報が中国政府に筒抜けになっているとして、アメリカ政府は中国メーカーなどに制裁を課した。何やら「智子」(ソフォン)を利用した「三体」人の地球支配を連想したのは、評者ばかりではあるまい。
SFだからと、本作を敬遠するのは実にもったいないことだ。ここにはすべてが詰まっている。中国から本書が生まれたのは、地球文明にとって一つの歴史的事件かもしれない。
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