SF、しかも中国のSFが日本の文芸書売上げランキングの上位に入るという異例の出来事がいま起きている。本書『三体』(早川書房)は、中国で三部作合計2100万部を記録する大ベストセラーだ。SF最大の賞であるヒューゴー賞をアジア人作家として初めて受賞。アメリカのオバマ前大統領も愛読しているというふれこみで日本に登場したばかりだが、広く受け入れられたようだ。2019年7月29日の朝日新聞3面に全5段の大広告が出たことにも版元・早川書房の力の入れようがうかがえる。
超弩級のSFというキャッチフレーズにひかれ読み始めると、戸惑うだろう。書き出しは1967年、文化大革命真っ盛りの中国から始まる。文革期に中国では数百万人とも1千万人とも言われる死者が出た。紅衛兵たちは銃弾で武装し、激しい闘争を繰り広げた。理論物理学者・葉哲泰は信奉するアインシュタインの相対性理論やビッグバン理論が反動的だと批判され、惨殺される。当時自己批判を拒み、亡くなった文学者や知識人は少なくない。
葉哲泰の娘・葉文潔は天体物理学者となり、巨大パラボラアンテナを備える謎の軍事基地にスカウトされる。そこでは人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが進行していた。ここまでが第一部「沈黙の春」。
第二部「三体」はそれから四十数年後、ナノマテリアル開発者の汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、国際的なエリート科学者で構成される組織〈科学フロンティア〉に所属する科学者が相次いで自殺していることを告げられる。そして当局からスパイとして潜入するように命じられる。自殺者の中には葉文潔の娘で宇宙論研究者の楊冬もいた。 〈科学フロンティア〉の会員がVR全身スーツを着用しゲームをしていることを知った汪淼は、自らそのゲーム「三体」の世界を体験する。三つの太陽を持つ惑星に文明が生まれたらという設定のこのゲームが面白い。
「文明#183は三太陽の日によって滅亡しました。この文明は中世レベルまで到達していました。長い時間のあと、生命と文明が起動します。『三体』の世界で予測不可能の進化がふたたび始まるでしょう」
質量が同じ、もしくはほぼ同程度の三つの物体が、たがいの引力を受けながらどのように運動するかという、古典物理学の代表的な問題が本書のバックボーンにある。
ゲームの世界と現実の世界の記述が交互に続き、ゲーム「三体」の終了が告げられたところで第二部は終わり、第三部「人類の落日」が始まる。ここから先は驚きの展開が始まる。異星文明とのファーストコンタクトものと訳者の一人、大森望さんは書いている。
評者はジェイムズ・P・ホーガンのSF『星を継ぐもの』を初めて読んだ時の興奮がよみがえり、スケールの大きさに気が遠くなりかけた。「NHKスペシャル」でブラックホールの映像化に人類が初めて成功した舞台裏を追った番組を見たばかりで、広大な宇宙には生命が存在しても不思議ではないという気がしてくる。実際、天文学者の数少ない人たちが地球外生命の存在を信じているという。
本書はアメリカでも100万部売れたそうだ。IT技術などの覇権をめぐり米中が火花を飛ばしているが、中国の科学技術への恐れが根底にあり、本書が売れたのもそのせいかもしれない。実際、本書の科学技術についての記述は本格的だ。著者の劉慈欣は1963年生まれ。発電所でエンジニアとして働きながら執筆している。
スケールが大きいと書いたが、本書は三部作のまだ入り口にすぎない。第二部『黒暗森林』、第三部『死神永生』と続く。本書『三体』の第一部、第二部、第三部とは混同しないようにしてもらいたい。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?