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日本の中学3年生は、中国の小学4年生レベル!

日本の「中国人」社会

 読みながら気分が滅入ってきた。日本は遠からず、中国に抜かれるに違いないと思ったからだ。本書『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ)は、日本で急速に増えつつある中国人にスポットを当てている。最近、日本で中国人が増えているので実態を知りたいと思って読み始めたのだが、彼らの上昇意欲、エネルギーが半端ではないことがよくわかった。その背景にある本国の競争社会ぶりも想像を絶している。中国という国が、猛スピードで変化していることが、日本に住む中国人の姿を通して実感できた。

島根県民より多い

 最初に簡単な数字を紹介しておきたい。2017年末の段階で、日本に住む中国人は約73万人(台湾・香港を除く)。短期や公務の滞在者を含めると約87万人。日本国籍の取得者などを含めると約97万人。1984年は約7万人、2000年は約32万人だったから増え方のすごさがわかる。

 ちなみに鳥取県民は約57万人、島根県民は約69万人だから、中国人だけで小さな県以上の人口を有する。10年後、20年後は、さらにとてつもない数字になっていることだろう。

 かつては偽装留学生や就労生、不法残留者、さらには様々な犯罪が問題になった。日本人学校の留学生はコンビニなどのアルバイトに明け暮れ、仕事と言えば中華料理店の店員やマッサージ師・・・。

 ところが最近は富裕層の留学生も増え、日本の大学や大学院を出た留学生の6~7割はそのまま日本で就職する。就職先も商社や銀行、一流メーカー、シンクタンクの研究員、大学教員、医師なども目立つようになった。日中を頻繁に往復し、新規事業を行う起業家も少なくない。中国の大企業の日本支社の数も増えている。すでにGDPは日本の約3倍。一人当たりのGDPはまだ低いが、どんどん膨らんでいる。

 法務省などの「高度外国人材の受入れ・就業状況」によると、国籍・地域別高度外国人材として働く外国人の65%が中国人だという。

 中国人の居住地は、東京が約20万人、神奈川県約6万5000人、埼玉県6万3000人。首都圏に特に多くなっているのも、上記のような就職先の変化と重なっているという。

固有名詞で多数の中国人が登場

 本書は以下の構成。

 第1章 なぜ、この街にばかり集まるのか
 第2章 日本に持ち込まれた"コミュニティ"の構造
 第3章 勉強に駆り立てられる人々
 第4章 日本の教育はゆるすぎる!
 第5章 日本に住むこと、その利点と難点
 第6章 私たちは"違う世界"に生きている
 第7章 彼らが、この国に住み続ける理由

 著者の中島恵さんは1967年生まれ。拓殖大学中国語学科卒業(在学中に北京大学に留学)、日刊工業新聞社に入社。国際部、流通サービス部記者を経て、94~96年香港中文大学に留学。「ダイヤモンド」「プレジデント」「東洋経済」「中央公論」「日経ビジネスオンライン」などに記事を執筆しているフリージャーナリスト。

 『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解 日本人の誤解』『なぜ中国人は財布を持たないのか』(ともに日本経済新聞出版社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』『中国人エリートは日本をめざす』(ともに中央公論新社)、『「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか?』『中国人富裕層はなぜ「日本の老舗」が好きなのか』(ともにプレジデント社)など多数の著書がある。最近の在日・訪日中国人事情について、もっとも詳しいジャーナリストの一人と言えるだろう。

 取材は主として、知人の中国人から知人を紹介してもらう、というスタイル。したがって固有名詞で多数の中国人が登場する。そんな彼らに寄り添い、丁寧に素顔や思いを伝えている。それぞれの登場人物にストーリーがあり、中国人と中国の現状が浮かび上がる。

「思い出は勉強以外にない」

 いちばん驚いたのは、日中の教育水準の格差だ。「第4章 日本の教育はゆるすぎる!」に詳しい。研究者だった父親の仕事の関係で小中学校を日本で過ごした杜秀青さん(現在は名門の北京大学大学院生)の話が出てくる。日本語は子どものころ、来日3か月で覚えたというから地頭は優秀だ。当然ながら日本では常にトップクラスの成績だった。ところが中3で帰国し、西安の中学に編入すると、高校入試の模擬試験で学年最下位になってしまった。日本では、中国の歴史や政治の科目は学んでいなかったから、大きなハンディがあったが、それだけではない。数学や理科でも相当な遅れがあった。日本の中学3年生は、中国の小学4年生ぐらいだと聞かされた。高校時代は睡眠2~3時間で頑張ったという。

 中国の進学競争の激しさは日本でもよく知られている。生後まもない赤ちゃんは「大学入試まであと〇日」などという言葉を添えた写真を撮るそうだ。SNSで多数公開されているという。生まれた時から、大学受験に向けたカウントダウンが始まっている。

 中学のクラスは成績順の編成だという。高校では成績優秀者を出した教師に報奨金が与えられる。北京大、清華大などの難関大の合格者を出せば、高校にも報奨金が出る。合格者の一族にとっても名誉となる。「高校時代の思い出は勉強以外にない」「一日10時間勉強した」などという人は少なくないらしい。

 日本に住む中国人の大きな心配事が、この子どもの教育問題なのだという。「自分の子は、このまま日本にいて大丈夫なのか」「中国に住む友人の子どもと比べて、うちの子の学力は劣っていないだろうか」というわけだ。

 まず中国語をしっかり覚えさせるために、小学校4年ぐらいまでは、子どもを中国の祖父母に預ける。その後、日本に呼び戻し、新たに日本語をみっちり学ばせ、日本の中学受験に備える。そんな親もいるという。これも、数学や理科は、中国の方が進んでいるからできる芸当だ。

 東京周辺には、中国人の子どもたちに週末、中国語を教える補習校がいくつもあるそうだ。いずれも大繁盛。親が送り迎えしているという。

強い同郷意識の理由

 中国の大都市では階層によって居住地区が自然に分かれているという。日本でもその傾向がある。したがって、池袋は中国人が多い街として知られるが、「あそこには近づかない」という中国人もいる。中島さんは、中国人と言っても千差万別であることを強調する。それぞれの交友関係やネットワークは、主としてSNSで構築され、日本でのビジネスにも生かされている。異なるコミュニティ同士は交わらないという。

 その中でなるほどと思ったのは、中国人の同郷意識だ。日本人も東京で「県人会」などを作るが、その比ではないという。理由について合点がいった。中国は地域によって、中国語の方言に大差があり、互いに通じない。「県人会」では、普段封印している「お国言葉」で話ができるというのだ。この辺りも、日本人には気づきにくい中国人の一面ではないかと思った。

 本書によれば2015年ごろから訪日中国人や日本に住む中国人の状況は大きく様変わりしているという。富裕層・エリートが増えている。ところが日本人の中国観は古い時代のまま。「時が止まっている」。本書なども通して、私たちの中国像や中国人観を大幅に更新しておいた方がよさそうだ。本書では他に以下のような話が記憶に残った。

 ・日本の夏の甲子園で金足農が快進撃したニュースは中国でも大きな話題となり、「まるでアニメの世界そのまま。感動した」と話題になった。
 ・北京や上海の一流大卒の初任給はすでに一万元(約17万円)に近づいている。
 ・上海や北京など都心部のマンションは東京より高額。
 ・中国の飛躍はものすごいが、競争が激しい。日本は中国ほどの伸びしろはないかもしれないが、公平な社会だから、コネがなくても努力次第で成功できる。
 ・日本の若者にハングリー精神がないことや、海外に出たがらないことが心配。
 ・中国では、2014年段階では世界のほとんどの国に行くのにビザが必要だったが、18年段階では大幅に緩和。
 ・中国には都市と農村、富裕層と中間層、そして貧民層、年齢や学歴の層など幾重もの断層があり、それがひとつのうねりとなって社会を動かすことはない。政府への不満は持っていても、それぞれのコミュニティは異なり、決して交わらない。
 ・中国では共産党員になるのはステータス。入党は非常に難しい。競争率も高い。それだけで成績優秀という証明になる。ただし、実際の活動は形骸化。メリットは薄れている。

 BOOKウォッチでは中国関連で『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)、『超限戦――21世紀の「新しい戦争」』(角川新書)、『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』 (朝日新書)、『感染症の中国史』(中公新書)、『中国人のこころ』(集英社新書)、『ストする中国――非正規労働者の闘いと証言』(彩流社)、『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』(中央公論新社)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)、『習近平のデジタル文化大革命』(講談社+α文庫)、『三体』(早川書房)、『チャイナスタンダード』(朝日新聞出版)、『八九六四』(株式会社KADOKAWA)、『腐敗と格差の中国史』(NHK出版新書)、『未来の中国年表』(講談社現代新書)、『ルポ 隠された中国』(平凡社新書)、『中国で叶えた幸せ――第2回「忘れられない中国滞在エピソード」受賞作品集』(日本僑報社)など多数紹介している。



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朗読:祐仙勇 朗読:真木よう子 朗読:榊原忠美 朗読:橋本愛

  • 書名 日本の「中国人」社会
  • 監修・編集・著者名中島恵 著
  • 出版社名日本経済新聞出版
  • 出版年月日2018年12月10日
  • 定価本体850円+税
  • 判型・ページ数新書判・232ページ
  • ISBN9784532263935
 

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