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コロナ禍の一年。表現者たちの日記は薬のように染み入る

パンデミック日記

 激動の2020年。時に時代に抗い、時に日常を守り、創造を続けた人々は、どんな日々を送ったのだろうか。1月1日から12月31日まで、366日・52週を52人で綴ったリレー日記が、本書『パンデミック日記』(新潮社)である。日々の記録により〈集合的時代精神〉が浮かび上がるのか。

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 1月第1週は、小説家の筒井康隆さんから始まる。元日は雑煮とおせち、年賀状についての記述。7日は神戸から東京の自宅に上京。「八重洲口のタクシー乗場だけはいつも通りの混雑」とある。

2月初めに銀座から消えた中国人観光客

 しばらくは、他の人の日記にもコロナ関連の記述は登場しない。それらしいことが初めて出てくるのは、小説家の柴崎友香さんの2月4日の以下の記述だ。

 「外に出ると、銀座は人がいない。道路も空いている。新型コロナウイルスの影響で中国からの観光客が来られなくなっている」

 続いて、2月5日、装幀者の菊地信義さんの眼には、横浜港に停泊した大型クルーズ船が以下のように映った。

 「高層住宅や大型旅客機の外皮を剝ぎ取ったあられもない様に息を呑んだ。着眼した乗客乗員3711人の大型クルーズ船の映像。吃水線から上へ、丸窓、四角窓、テラス階が4層。吃水から下は窓無しの部屋が5層。欲望をそそり、満たす、いずれにも見たくない夢のからくり。10人の新型肺炎の感染が確認され、乗客の下船の目安が付かぬという。発生した中国では感染者、死者ともに急増の映像の下に。一時の夢を継ぎ接ぎして生きる消費文化、3.11に次ぐ警告」

 このころ、その後の日本を予見した人はいただろうか。2月後半になると、コロナの記述はぐっと多くなる。

 漫画家・文筆家のヤマザキマリさんは、2月26日、次のように記している。

 「ネットでイタリアの新聞Corriere della Seraを読む。感染者330名、死者11名。イタリア人の入国を禁止する国がぼちぼち出てきたらしい。(中略)お風呂の後にネットを覗くと新型コロナウイルスの影響で様々なイベントが中止になっているという情報。そういえば達郎さんも月末に予定されている小さい箱でのライブは延期になると思うと言っていた」

 2月27日には早くも東京オリンピックについての記述が出てくる。

 「世の人々は新型コロナウイルスを巡って錯綜する情報に振り回され、疲れが見え始めている。オリンピックを何としても実施したいという政府とIOCの意地が、このような混乱を招いている要因にもなっているのだろうかと訝しむ。政府は今日、全国の小・中・高をしばらく臨時休校にすることを要請、まだ子供が小さい就労者の親は困るだろうと思うがその対応策はあるのだろうか。一つの情報からいくつもの不安が吹き出してくる」

 2月29日にはイタリアと比較して、こんな記述も。

 「夕方にテレビで安倍総理大臣の会見。北海道では知事が緊急事態宣言を出した件と、PCR検査を受けたくても受けられない人がいるという案件など。イベントの規模縮小、自粛の要請。"自粛の要請"なんて、イタリア語ではあり得ない表現だ。そんなイタリアでは我が家の地域も含め日に日に感染者数が拡大しつつある。きっと多くの人がPCR検査を受けているせいだろう」

3月「パンデミック」を認めたWHO

 3月12日 小説家の佐伯一麦さん 「<WHOのペドロス事務局長は、「新型コロナウイルスはパンデミックといえる」と発言>さらに、昨日、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえて、春の甲子園大会の中止が決定したのについて『断腸の思い』とのコメントが報道されている。先日の、学校の一斉休校に際しても首相が同じ表現を使っていたが、とても腸がちぎれるほどには見えない」
 3月18日 小説家の角田光代さん 「新型コロナウイルスの感染防止対策で、私の通うボクシング・ジムの入り口には体温チェッカーと消毒薬が置かれていて、氏名と体温を記入して入室するようになっている。練習する人はいつもより少ない」

 この後、角田さんは出張中止、会食中止で自宅ごはんが多くなり、「ホットクックについて学んでいる」、と書いている。恒例の花見も中止に。

 著名人が感染しているニュースも次第に日常化してきた。4月1日の小説家、高橋源一郎さん。

 「ほんとうはこの後、武田砂鉄さんと対談する予定だったが、昨夜、新型コロナウイルスに感染していることがわかったクドカンとラジオで相手をしているアナウンサーの方が武田さんのお相手もしている、ということで、急きょ中止」

 4月8日、元東京都知事で小説家の石原慎太郎さんは、こんな黙示録的なことを書いている。

 「テレビは連日人気の無くなった繁華街の映像を写しだす。ゴーストタウンとなった町の映像は不気味と言うよりも妙にすがすがしい。それは荒廃を超えて最早『死滅』を暗示してもいる」

 一年分を通して読むと、思ったよりもコロナ関連の記述は少なかった。どこかで「コロナ」の3文字を探している自分に気が付いた。コロナのニュースばかりでささくれだった心に、表現者たちの淡々とした日常の行為が「薬」のように染み入る思いがした。



 


  • 書名 パンデミック日記
  • 監修・編集・著者名「新潮」編集部 編
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2021年6月24日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六変形判・224ページ
  • ISBN9784103540519

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