「文豪」と聞くと聖人のような人物像を思い浮かべるが、実は案外ずぼらなもの。私生活のエピソードなどを知ると、彼らの意外な一面が見えてくる。
6月5日発売の書籍『文豪たちの断謝離 断り、謝り、離れる』(秀和システム) も、文豪たちの意外なエピソードを知ることができる書籍だ。同書は文豪たちの手紙、とくに「断謝離」にまつわる内容のものに注目し、文豪たちの実際の人物像を浮かび上がらせている。
断「捨」離、ではなく、断「謝」離。断る、謝る、離れるために書かれた手紙から、文豪たちの本性が垣間見える。
同書は以下の八章で構成されている。
■第一章 断「ふざけるな!」
単刀直入かつ丁寧にスパっと斬る
■第二章 謝「死ぬる思ひでございます」
太宰治が書き連ねた魂の叫び
■第三章 謝「すいません、察してください」
哀れみを書き残して要求を通す
■第四章 離「さよなら」
涙ではなく名文で別れを飾る
■第五章 断「やってられません」
テンション低めに相手の要求を却下
■第六章 謝「ご無沙汰して失敬」
先生、返事が遅れたのはなぜですか?
■第七章 謝「ぐうの音も出ない......」
土下座の何倍も響く本気の謝罪
■第八章 離「追悼―師へ、友へ、妻へ」
文豪たちが送る別れの挨拶
第一章の断りに関するエピソードでは、はじめに夏目漱石の手紙を引用している。夏目漱石といえば、『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』など、ユーモアあふれる文章が魅力のひとつ。そのユーモアは手紙でも健在で、編集を担当していた高浜虚子に締切を延ばすように伝える手紙では、次のように綴っている。
「十四日にしめ切ると仰せあるが、十四日には六ずかしいですよ。十七日が日曜だから十七、八日にはなりましょう。そう急いでも詩の神が承知しませんからね。とにかく出来ないですよ(原文ママ)」
この手紙が書かれたのは1905年12月4日、漱石が処女作『吾輩は猫である』を雑誌「ホトトギス」で発表した年の暮れ。相手の要求をスパッと断る態度もさることながら、断り方も見事だ。「詩の神が承知しない」と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
『山月記』で知られる中島敦は、その繊細な作品からは想像もつかない内容の手紙を残している。
中島といえば七三分けに眼鏡の真面目そうな風貌の写真が有名だ。しかし、そのイメージとは異なり、実は彼は大学在学中に男女トラブルを起こしている。なんと、許嫁がいる女性と関係を持ってしまったのだ。その許嫁にあてた詫び状で、彼はこう書いている。
「貴方の前で、たか(※関係を持った女性)を「可哀想だ不幸だ」と申すは、何だかあてつけの様な気がして嫌ではございますが(別に何も必ずしも貴方のために、あの女が不幸になったと申すのではございませんが)やっぱりたかは、今迄半生の間不幸だったと私は思うのでございます」
「で、その不幸な一人の女を憐れと思ってやって下さいと、今私は貴方にお願いして居るのでございます」
手紙を送った相手の許嫁を突然奪ったのにもかかわらず、彼女がその相手と過ごした期間を「不幸」だとして、さらに「憐れと思ってやって下さい」と書いている。詫び状で開き直るこの図々しさに開いた口が塞がらない。
結局、中島はこの女性と添い遂げる。女性への本気度合いが、こんな図々しい手紙に表れたのかもしれない。
逆に、完全にイメージ通りの手紙を遺しているのが、太宰治だ。太宰の代表作『人間失格』の「恥の多い生涯を送って来ました」というフレーズは有名だが、そのイメージ通りの哀切に満ちた謝罪の手紙を書いている。文芸評論家の淀野隆三にあてた借金のお願いの手紙で、彼はこう綴る。
「私を信じてください。拒絶しないで下さい。一日はやければ、はやいほど、助かります。心からおねがひ申します」
「こんなに、たびたび、お手紙差し上げ、主知のために、死ぬる思ひでございます。何卒、おねがひ申します。他に手段ございませぬゆゑ、せつぱつまつての、おねがひでございます。たのみます。まことに、生涯にいちどでございます」
まさに太宰といった雰囲気の、切羽詰まった悲哀に満ちた文章だ。受け取った側はどう思ったのだろうか。恐怖すら覚えたのではないだろうか。
ちなみに、なんとかお金を貸してもらった後の手紙では、彼はこう綴っている。
「けふのこのよろこびを語る言葉なし。私は誇るべき友を持つた。天にも昇る気持ちです。私の貴兄に対する誠実を了解していただけて、バンザイが、ついのどまで、来るのです」
借金を申し込んでいた時の哀切はどこへやら。調子がいいものだ、と言うほかない。
本書ではこのほか、石川啄木や島崎藤村、有島武郎や中原中也など、名だたる文豪の手紙を紹介している。文豪たちの知られざる一面を知れば、ますます彼らを好きになるはず。
気が弱くて断る、謝る、離れるのが苦手、という人は、文豪たちの「断謝離ズム」を見習ってみては。
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