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『人新世の「資本論」』30万部に 著者の斎藤幸平さんの経歴もスゴイ

人新世の「資本論」

 漫画『鬼滅の刃』の大ヒットを飛ばした集英社が、硬派の新書本でも気を吐いている。『人新世の「資本論」』(斎藤幸平著)だ。2021年2月に今年の新書大賞を受賞し、すでに11刷30万部と絶好調。「人新世」(ひとしんせい)という概念もメディアで定着しつつある。

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ノーベル賞学者が名付けた

 「人類の経済活動が地球を破壊する『人新世』=環境危機の時代気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう」
「それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか」

 これが本書の基本テーマだ。「人新世」とは、人々の活動が環境や生態に大きな影響を与えるようになった現代のことだ。オゾンホールの研究などでノーベル化学賞を受けたオランダの科学者パウル・クルッツェンが、現代は地質学的に見て新たな年代に突入したと考え、新しい時代区分として2000年に「人新世」と名付けた。日本ではあまり知られた用語ではなかったが、本書がきっかけになり、メディアの世界では市民権を得た形だ。今年の流行語大賞の有力候補の一つになっている。

ピケティを超えた

 本書は昨年秋の出版時から注目され、今年に入って「新書大賞」に選ばれたことで、売れ行きに弾みがついた。集英社のサイトでは、著名な論者らが本書『人新世の「資本論」』を改めて高く評価し、推薦している。

 ○佐藤優氏(作家)
斎藤は、ピケティを超えた。これぞ、真の「21世紀の資本論」である。
 ○ヤマザキマリ氏(漫画家・文筆家)
経済力が振るう無慈悲な暴力に泣き寝入りをせず、未来を逞しく生きる知恵と力を養いたいのであれば、本書は間違いなく力強い支えとなる。
 ○白井聡氏(政治学者)
理論と実践の、この見事な結合に刮目せよ。
 ○坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
 ○水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。

 タイトルに「資本論」とあるのは、著者の斎藤幸平さんが、「人新世」による破滅から地球を救うためにマルクスの『資本論』を援用していることによる。今さらマルクスでもないだろう、というのが世間の常識的な反応と思われるが、斎藤さんは「後期マルクス」に注目、そこに解決の手がかりを見出す。

新資料を基にしたマルクス研究

 斎藤さんとマルクスとの関りについては、J-CASTニュースで連載されている「外岡秀俊の【コロナ 21世紀の問い】」(39)がわかりやすい。斎藤さんにズームインタビューしてコロナと「人新世の『資本論』」について問い直し、以下のように説明している。

 「斎藤さんによると、世界に目を転じれば、欧米では近年、急速にマルクスへの注目が高まっているのだという。しかも、昔の文献を再解釈することによってでなく、新資料をもとにした研究が、その関心の基盤にある。私(注:外岡さん)も全く知らなかったが、世界各国の研究者が『MEGA』と呼ばれる新しい『マルクス・エンゲルス全集』の刊行を進めており、最終的には100巻を超すことになるという」

 マルクスには、これまでに刊行された著作集には収録されていない膨大な草稿、研究ノート、新聞への寄稿、手紙などがあるのだという。そのすべてを網羅するのが「MEGA」プロジェクトだ。

 マルクスは1867年に『資本論』を刊行したが、その後、1883年に亡くなるまで約15年間は、ほとんど著作を公にせず、ひたすら研究を続けた。「MEGA」プロジェクトは、彼が残した草稿や研究ノートをもとに、後期マルクスの問題意識や関心領域を探り、彼が資本論の続巻でどのような議論を展開しようとしたのかを研究するものだ。

 斎藤さんは日本MEGA編集委員会編集委員を務めている。外岡さんによれば、『人新世の「資本論」』は、後期マルクスをめぐるMEGAの最新の実証研究をもとに、もしマルクスが21世紀に生きていれば、どのような議論を展開していたのかを論じる本なのだという。

カテリーナ台風でボランティア

 著者略歴によれば斎藤さんは1987年生まれ。まだ34歳。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。

 2018年、『Karl Marx's Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy』(19年に邦訳『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』、堀之内出版)という著作で、日本人で初めて「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞している。同賞は有名な歴史家、ドイッチャーを記念したもので、1969年から続いている。マルクス主義に関わる英語の著作に与えられるものだという。

 斎藤さんは、外岡さんのインタビューの中で、マルクスとの出会いを語っている。

 「最初の経験は、アメリカの留学中にボランティアとして訪れたハリケーン・カトリーナの被災地で感じた貧富の格差でした」

 「カトリーナ」は05年8月、バハマで発生し、米東南部を襲った最大級のハリケーン。斎藤さんは、コネチカット州のウェズリアン大学に留学中だった。大学のキリスト教系団体のボランティア募集に応じ、被災地の教会に寝泊まりしながら10日間ほど活動した。そのとき肌に感じたのが、被災の階層性、強烈な貧富の格差だったという。

08年の「リーマン・ショック」でも同じような体験をした。最先端の技術を駆使して膨張を続ける金融市場のもろさや、雇用の不安定さを実感したという。

 「資本主義を根底から考え、批判的にとらえる視点が必要だ。そうした思いから、19世紀に資本主義の本質に迫ったマルクスを、本格的に研究しようと思いました」

 斎藤さんはその後、ベルリン自由大学で学び、2012年に修士課程を修了、さらにフンボルト大学哲学科に進み、15年に博士課程を修了した。ベルリンにはMEGAの編集本部があり、その編集に携わることで、後期マルクス研究の重要性を知ったという。

東大理科Ⅱ類にも合格していた

 この斎藤氏の経歴を読みながら疑問に思った人もいるに違いない。「彼はいったい日本のどの大学を出たのか」と。なぜなら1987年生まれにもかかわらず、2005年には米国の大学に「留学」したことになっているからだ。

 斎藤さんは20年12月2日のNHK出版の「本がひらく」にゲストとして登場し、以下のように語っている。

 「高校時代は理系コースだったんですね。日本の大学だと、いちど理系に進んでしまうと、なかなかコースを変えるのは難しい。それで文系・理系にとらわれないですむ、アメリカのリベラルアーツカレッジに行こうと」
「そこでアメリカの大学と、東大の理科Ⅱ類を併願したんです。そうしたら東大も受かって奨学金も取れた。それで三か月だけ東大に在籍して、秋からはアメリカのウェズリアン大学というところに入学しました。それが2005年ですね」

 最近、日本の高校から直接、海外の大学に進む学生が増えているといわれている。東大など国内の有名大学とダブル合格した場合は海外の大学を選択する。斎藤さんはどうやらその先駆的な一人らしい。

 「短い期間でしたが、東大にいる間に、社会問題を勉強するサークルに入って、哲学書や思想書を読んだんですね。日本の貧困問題や労働問題について知って、衝撃を受けました」とも語っている。

NHK・読売・朝日・TBS・・・

 「人新世」という概念については最近、メディアで盛んに取り上げられている。「地球に人類が爪痕残す...「人新世」はどんな時代?」(読売新聞 5月10日)、「『人新世』地質時代に加わるか」(朝日新聞 5月31日)。

 斎藤さんも引っぱりだこだ。6月11日にはBS-TBSの「報道1930」の特集「コロナ禍が暴き出した世界の資本主義経済の『効率の悪さ』とは・・・」にゲスト出演していた。

 NHKの「100分 de 名著 」には今年1月に登場し、「カール・マルクス『資本論』」を解説した。テキストが単行本化され、アマゾンでは同書に500を超える評価がついている。ほとんどが星5つ。こちらも大人気のようだ。

 日本の社会科学系の学者で、日本の大学をスルーしていきなり海外で学び、帰国後に注目されるというケースは極めてまれだ。戦前では鶴見俊輔、都留重人などがいるが、特殊ケース。戦後はほとんど聞かない。

 本書はおそらく、集英社の編集者が「ドイッチャー賞」受賞を知り、斎藤さんに「新書を」と持ち掛けたものだろう。嗅覚の鋭さに驚くが、これほどのヒットは予想外だったに違いない。NHKの「100分 de 名著 」の担当者の動きも早い。

 今や久々に日本の論壇に現れた「超大型新人」として各方面から注目されている斎藤さん。著書タイトルをもじれば、いわば「人・新星」だ。日本からダイレクトに海外の大学への進学を目指している高校生にとって、大いに刺激になる先輩ともなっている。



 


  • 書名 人新世の「資本論」
  • 監修・編集・著者名斎藤幸平 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年9月17日
  • 定価1122円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・384ページ
  • ISBN9784087211351

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