読むべき本、見逃していない?

「昭和30年代の地図」で知る松本清張の作品世界

地図で読む松本清張

 日本の社会派ミステリーの巨人、松本清張については、死後も多くの映像作品がつくられ、関連本も出ている。本書『地図で読む松本清張』(帝国書院)は、松本清張の代表作(『ゼロの焦点』『砂の器』『点と線』など11作)を地図とともに解説した本だ。多くの作品の舞台となっている昭和30年代当時の地図を復刻収録しているのが特徴だ。

 扉をめくると、「清張作品の日本地図」が出てくる。ほぼ、日本各県が網羅されていることが分かる。

代表作を地図で読み解く

 11の代表作について、作品別に特集されている。それぞれ、あらすじとともに地図の上に登場人物の足跡がプロットされている。たとえば、『ゼロの焦点』では、殺された主人公の夫の兄が目撃されたのは、北陸鉄道石川線沿線だったこと。廃止された北陸鉄道能美線でも目撃されていた。金沢近郊では地元客のほか、白山・加賀の温泉郷を訪れる観光客の足として私鉄網が発達していたが、今は2路線を残すのみであると解説している。

 さらに、物語の原点となる東京・立川へ。当時の米軍基地の写真とともに、昭和30年代と現在の立川の地図が見開きで掲載されている。旧陸軍の飛行場が、戦後米軍に接収されたこと、その後、自衛隊の駐屯地や広大な防災基地、公園になったことが分かる。米軍基地の陰には、哀しい女の存在があり、物語の重要な伏線になっている。

 さらに、『砂の器』では、亀田と亀嵩。秋田と島根の地図を対比し、物語の発端となる方言について解説。さらに、東京近郊の地図に主人公らの行動を落とし込んでいる。関係者が死んだのは世田谷区の祖師ヶ谷大蔵だが、作品ではこう書かれている。

 「祖師ヶ谷の奥は、まだ畑が多い。久保田という家も、すぐ隣がかなり広い畑になっており、その先がまた寂しい住宅地につづいていた」

 『球形の荒野』でも殺人現場にされており、清張の印象では「寂しい」をキーワードにする地で、世田谷区はこの半世紀で最も変化を遂げた地域の一つであろう、と書いている。

 『点と線』では、さらに全国へと渉猟は広がる。発端となる東京駅15番ホームで目撃された男女。銀座周辺の地図に関係者が出入りした店が記入されている。実在の飲食店が多く、清張が昭和28年から31年まで勤務した朝日新聞社(当時は有楽町)界隈に多く見られるのは、清張自身の体験が反映されたものであろう、と見ている。

 また、殺人の舞台となった福岡郊外の香椎は、新旧の地図で変貌ぶりを強調している。博多湾を埋め立てた人口島「アイランドシティ」がつくられ、志賀島はもう遠望しづらい。香椎海岸が現場に選ばれたのは、「清張が昭和4年ごろ鳥井印刷所の見習いとして博多で暮らした体験による」と、書いている。

 物語はさらに青森と札幌へ。津軽海峡を渡るアリバイ工作について、地図を使って詳しく解説している。ネタバレになるので書けないが、意外なオチについても、本書ではさらりと触れている。現在では考えられない当時の長距離交通網の状況が作品のトリックを支えていた。

清張と鉄道、地理

 「清張作品と鉄道」という項目もある。本書で取り上げた作品に登場する路線名やおもな列車名をまとめている。北陸鉄道山中線(昭和46年廃止)、北陸鉄道能登線(昭和47年廃止)、急行「羽黒」、急行「十和田」、特急「あさかぜ」など、廃止された路線や列車も多い。

 純文学作品は時間による劣化を防ぐために、固有名詞を使わないものが多い。しかし、リアリティーを追求する推理作品は、そうはいかない。実在の店や路線、列車の名前を使う作品が少なくない。清張作品は特にその傾向が強い。

 だからこそ、作品をよく知るために本書のような解説本の存在意義がある訳だ。逆に言えば、清張作品のおかげで、我々は半世紀前の日本の姿を知ることが出来る。まだ、戦後の影があちこちに残り、地方に活気があった時代を。金沢市周辺に北陸の私鉄網があったことをいま想像出来るだろうか。

 巻末には、帝国書院発行昭和32年『中学校社会科地図』の復刻版に、清張作品の関連地名、昭和の主要な出来事が起こった地名、清張本人にゆかりの場所がプロットされている。地名索引だけでも19ページある。

 コラム「地図を愛した清張」に、こんな引用がある。

 「私は少年の頃から未知の土地に憧れを持っていた。今から考えると、それは自分がどこへも行けない不自由な環境からの諦めからきていたと思う。小学校でも地理の時間が一番好きだった」(『随筆黒い手帖』より)

 どこへも行けなかった昭和の人々の代行者として、清張作品の登場人物は日本各地を移動し、行動したのかも知れない。そんな時代のガイドとしても、本書は活用できる。

 BOOKウォッチでは、『「松本清張」で読む昭和史』(NHK出版新書)『清張鉄道1万3500キロ』(文藝春秋)などを紹介済みだ。



 


  • 書名 地図で読む松本清張
  • 監修・編集・著者名北川清、徳山加陽、帝国書院編集部 著
  • 出版社名帝国書院
  • 出版年月日2020年12月21日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・165ページ
  • ISBN9784807165384

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