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みかん箱に台を載せた机で書いていた松本清張

誰も見ていない書斎の松本清張

 数日前、NHKのBSプレミアムで、「新日本風土記スペシャル 松本清張・鉄道の旅!」を放送していた(2020年5月8日)。松本清張が作品に取り入れ、謎解きの重要な鍵にした鉄道を旅する番組だった。没後もその生涯に大きな関心が持たれている、数少ない作家の一人である。

 本書『誰も見ていない書斎の松本清張』(きずな出版)は、作家になってまもない松本清張の書斎に招き入れられた元編集者の櫻井秀勲さんによって生身の清張像が綴られている。

 櫻井さんは、1931年生まれ。東京外国語大学を卒業後、光文社に入社。大衆小説誌「面白倶楽部」に配属された。当時、芥川賞を受賞したばかりの松本清張に原稿依頼をした。そして初めての担当編集者となる。独立後は作家として多くの著作がある著名人だ。

頼りにされた新人編集者

 当時、北九州の小倉在住だった清張と何回か手紙のやりとりがあり、上京した折に、朝日新聞東京本社前の喫茶店で初めて会った。清張43歳、櫻井さん22歳のことだった。二人はすぐに親しくなった。

 「清張さんが私を頼りにしていたというか、便利にしていた理由は、いくつかある。一つは、東京の文壇地図にまったく疎かったことによる。二つ目は東京には友人がまったくいなかったことだ。だから話す相手も見つからなかった」
 「もう一点は、私が二十以上も歳が違うため、他人に聞けないような内緒話ができたことだ。それに私も編集者一年生であり、作家一年生として、意外に似ていた気もする」

 上京し、家族を呼び寄せた清張宅を初めて訪れたのは、昭和29年(1954年)の秋だった。練馬区関町の借家は、6畳一間に4畳半二間という狭い家に、家族8人が住んでいた。まだ机はなく、みかん箱に台を載せたものだった。

他社の原稿の中身を教える清張

 書斎と呼ばれる部屋ができたのは、3年後、練馬区上石神井に初めて家を買ってからだ。他の雑誌に発表する次回作が電話で話題になると、こんなやりとりに。

 「内容を聞きたいかね?」
 「そりゃ聞きたいですよ」
 「じゃ今夜来たまえ」

 作品が面白いかどうかが大事だった。過去の作品には関心がなく、次に何を書くか、自分にはどんな才能が眠っているのかにしか関心を示さなかったという。

作家は絶えず旅をすべきである

 冒頭、「松本清張・鉄道の旅!」という番組にふれたが、清張は「作家は絶えず旅をすべきである」というサマセット・モームの言葉を戒めにしていたそうだ。この方法論を編み出した背景には、芥川賞をとってからの数年間、閑だったので、調査に十分時間をかけることができたからだ、と櫻井さんは見ている。

 「旅だけでなく現場取材も丹念だったし、電話取材も巧みだった。これらの取材力を駆使して、短い一篇を書く場合でも、惜しみなく時間、労力、資料を注ぎ込んだのである」

中期までの時代小説に名作

 作家としてのスタートから、すべての作品を見てきた櫻井さんは、中期までの時代小説に名作が多い、と評価している。長編の最高傑作として『天保図録』(1964年刊)を挙げている。これ以降は、「小説家としてより、文化人的活躍が多くなり、作品も外国もの、古代もの、宗教もの、政治ものが増えていったのである」。

 櫻井さんは31歳で「女性自身」の編集長に抜擢され、清張作の恋愛小説『波の塔』が連載され、それだけで部数が10万部伸びたという。最終回の富士樹海の取材では、二人で樹海に分け入った。清張が「きみと心中するのはイヤだ」と言い出し、途中で引き返したそうだ。

 カッパ・ノベルスとして単行本化すると、バッグに入れたまま、樹海に入って自殺する女性が増えていった。そのたびに編集部と清張宅に警察から連絡が入ったというから反響の大きさに驚く。

カッパ・ノベルスでの成功

 一般に松本清張と言えば、社会派推理小説の印象が強いだろう。ここでも櫻井さんとの縁は深い。光文社はカッパ・ブックスの成功に続き、カッパ・ノベルスを創刊する。櫻井さんが担当編集者に引き合わせ、『ゼロの焦点』が第一作として出版された。1年半後の1961年に『砂の器』がカッパ・ノベルスから刊行され、不朽の名作として、今日まで何度も映像化されている。この頃、作家の長者番付で1位になる。

何事にも勉強熱心

 さて、清張の人間像として、櫻井さんは「何事にも勉強熱心だった」と書いている。何百回、自宅に通ったかわからないが、いつも書斎から降りてきたという。つまり、原稿を書いているか、勉強や取材をしているかということだ。清張が小学校しか出ていないことはよく知られているが、あるとき、アメリカの推理作家との会食に同席した際、清張が英会話に堪能なのに驚いたそうだ。秘かに勉強したものと見ている。

 作家は多くの編集者とかかわり、作品を書いていく。初めての担当編集者だからこそ知りえるエピソードの数々が実に興味深い。巻末の年表と主な小説作品リストも充実している。

 BOOKウォッチでは、『「松本清張」で読む昭和史』(NHK出版新書)、『松本清張「隠蔽と暴露」の作家』(集英社新書)、『上京する文學』(ちくま文庫)などを紹介している。

  
  • 書名 誰も見ていない書斎の松本清張
  • 監修・編集・著者名櫻井秀勲 著
  • 出版社名きずな出版
  • 出版年月日2020年1月 1日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・237ページ
  • ISBN9784866630984
 

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