新天皇の即位礼が、2019年10月22日に行われる。また11月には大嘗祭が予定されている。あらためて皇室儀礼などに注目が集まりそうだ。
そんな折に本書『「松本清張」で読む昭和史』(NHK出版新書)が発行された。著者は放送大学教授の原武史さん。著書に『大正天皇』(朝日文庫)、『昭和天皇』(岩波新書)、『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)などがあり、天皇と鉄道に詳しいことで知られる。
そんな原さんが、松本清張の代表作を天皇と鉄道に注目して読み解いたのだから、面白くないはずがない。昨年(2018年)3月、NHKのEテレで4回にわたって「100分de名著 松本清張スペシャル」が放送された。原さんが講師として出演。そのテキストに加筆修正し、新たに2章を加えたものが本書である。
各章のタイトルと取り上げられた作品は以下の通りである。
第1章 格差社会の正体......『点と線』 第2章 高度経済成長の陰に......『砂の器』 第3章 占領期の謎に挑む......『日本の黒い霧』 第4章 青年将校はなぜ暴走したか......『昭和史発掘』 第5章 見えざる宮中の闇......『神々の乱心』 終章 「平成史」は発掘されるか
最初に原さんは、清張作品にひかれる理由を二つ挙げている。一つはその作品が戦後史の縮図であること、都市と地方の格差などがよくわかるという。もう一つはタブーをつくらないことだ。天皇制、被差別部落、ハンセン病という避けがちなテーマに切り込んでいることを評価する。
『点と線』については、先日『上京する文學』(ちくま文庫)を紹介した際にも、「上京者の清張は、作品の舞台として東京を多く描きながら、同時に東京を起点に地方への目を向けた」 「清張の作品群は、地方をよく知る者の目が、東京という巨大な都市を見た時にどう映るかという実験でもあった」という岡崎武志さんの分析を引用した。地方と東京の格差だ。
原さんはさらに殺人事件の舞台となった福岡市郊外の「香椎」にも注目する。香椎には第14代天皇とされる仲哀天皇と、その妃・神功皇后を祀る香椎宮がある。また、駅名として国鉄香椎駅と西鉄香椎駅が登場。この二つの駅が近接していることが推理の重要なカギとなる。
鉄道と古代史。この二つが重なっていることが、香椎を舞台にした理由だと推測する。
二・二六事件を扱った『昭和史発掘』について、原さんは幻の宮城占拠計画に注目したのが、清張の画期的なところと評価している。新史料からその中心にいた中隊長の中橋基明に焦点を合わせたのだ。さらにもう一人の青年将校、安藤輝三にも注目している。安藤は昭和天皇の弟・秩父宮と親交があった。秩父宮は決起将校の人気が高かったことはよく知られている。
天皇と鉄道という二つのテーマが交錯する本書の最大の読みどころと評者が思ったのは、当時、青森県弘前の歩兵連隊の大隊長として赴任していた秩父宮が事件を知り、上京する際のルートについて、原さんが考察したコラムだ。最短の東北本線ルートを取らず、なぜ奥羽・羽越・信越本線・上越線という遠回りを選択したのか。「水上駅から東大教授平泉澄が乗車した」と清張も書いているが、原さんは皇国史観で知られる「歴史学者・平泉澄との密談の時間をつくるためではなかったか」と推理している。
保阪正康さんの『秩父宮』と立花隆さんの『天皇と東大』でそれぞれ秩父宮の決起将校について食い違う見解を書いていることを紹介。「どちらも捨てがたい」と書いている。
未完の遺作『神々の乱心』のスケールの大きさについても本書で教えられた。大正天皇が亡くなったあとに残った貞明皇后が、皇太后としてその後も宮中に君臨したことが書かれており、『昭和天皇実録』の公開によって、清張の先見性が明らかになった、と高く評価している。
原さんが『実録』を読んで、一番驚いたのは、1945年7月30日に大分県の宇佐神宮、8月2日に香椎宮に昭和天皇が勅使を送り、敵国撃破を祈らせていたことだという。二つとも神功皇后に関係があり、当時皇太后だった貞明皇后の思い入れがあった神社だ。戦争末期まで、昭和天皇にその意向を反映させる力が皇太后にあったと見ている。
「祈り」を重視したという貞明皇后。そうした伝統は令和の時代、どうなっていくのか。皇室儀礼が続く時期、目が離せない。
BOOKウォッチでは、松本清張関連として、『松本清張「隠蔽と暴露」の作家』(集英社新書)、『清張鉄道1万3500キロ』(文藝春秋)、また二・二六事件関連では、『妻たちの二・二六事件』(中公文庫)、『保守と大東亜戦争』(集英社新書)などを紹介している。
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