性犯罪を告発する女性が目立つようになってきた。世間の認識も変わってきたということだろうか。報道する側に女性が増えたことも大きいのかもしれない。
本書『なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法』 (ディスカヴァー携書)の著者、伊藤和子さんは弁護士。性犯罪に絡む事件でしばしば名前をお見かけする。NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長、日弁連「両性の平等に関する委員会」委員長などを務める。女性にとってはきわめて心強い味方だ。
本書は「第1部被害者に冷たい日本の性犯罪の司法」「第2部性暴力にNOと声をあげる人びと」という2部構成になっている。
「第1部」はさらに以下の6章に分かれている。
・第1章 19歳の実の娘に性交をした父親が無罪の衝撃 ・第2章 性犯罪の処罰に関する刑法の規定はどうなっているのか ・第3章 性暴力被害者を待ち受ける高いハードル ・第4章 なぜレイプ事件の多くが不起訴になるのか ・第5章 「同意があったと思われても仕方がない」 ・第6章 世界はどうなっているのだろう
まず確認しておきたいのは「第2章」、2017年の刑法改正だ。強姦罪は強制性交等罪に変わり、男性も被害者になり得る。法定刑の下限も3年から5年に上げられた。「親告罪」規定も撤廃された。親などの「監護者」による性行為は暴行・脅迫がなくても処罰されるようになった。これらの改正には被害者、被害者団体、女性団体などの運動や、国際社会の声が反映された結果だった。
ところが、この改正でも変わらなかった部分がある。「暴行または脅迫を用いて」、というところだ。単に「無理やり性行為をされた」「意に反して性行為をされた」ということだけでは犯罪にならないのだ。この要件が厳しいために、警察に訴えても門前払い、あるいは不起訴ということで多くの被害者が涙を呑んできた。
「第6章」では、スウェーデン、イギリス、カナダ、ドイツ、米国の一部の州では、同意なき性行為が犯罪になっていることを紹介している。韓国や台湾の法律なども引用しながら著者は「日本の性犯罪規定が諸外国から取り残されて、ひときわ被害者に厳しく、性暴力加害者に寛大な規定になっている」と指摘している。
17年の改正では、改正後3年で必要があれば再改正の検討をする、という見直し条項が付いている。著者は「暴行・脅迫などの要件をなくすことにより、同意なき性行為を広く処罰対象とすること」「セクシュアル・ハラスメントを犯罪とすること」などが課題として残ったと指摘している。
「第2部」では以下の項目が取り上げられている。
・第7章 財務省セクハラ事件の激震 ・第8章 声をあげはじめた女性たち ・第9章 勇気を出して声をあげた女性を取り巻く現状 ・第10章 もしあなたが性被害にあったら ・第11章 改めて刑法改正を考える ・第12章 「ヤレル女子大生」?抗議する若い世代 ・第13章 Yes Means Yes
一般の人の関心が高いのは「第10章 もしあなたが性被害にあったら」だろうか。最近も就活がらみの事案など、誰でも被害者になり得るケースが報じられている。とにかく早めの証拠保全が大切だ。「もう数日過ぎてしまった。今から行っても無駄では?」と諦めるのは早いという。最近では鑑定技術もすすんでいる。そのとき着ていた服などはビニールに入れて保管するのが望ましい。嫌な記憶を忘れたいと、八つ裂きにして捨てたりするのは愚の骨頂だ。警察に被害届を出した被害者については、すべての都道府県警察で、被害者の緊急避妊、人工妊娠中絶、初診料、診断書作成料、性感染症などの検査費用などの費用を公費負担の扱いにしているそうだ。
警察に行くのにためらいがある場合は、性犯罪・性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」がある。都道府県に少なくとも一か所設置されている。本書の巻末にはその一覧が掲載されている。ふだんから電話番号などをメモしておくとよいかもしれない。
本書はサブタイトルにもあるように、「性被害を軽視する日本の司法」を問題視したものだが、一般読者にとっては、自分や家族、親しい人が被害に遭った時のことが心配だ。そうした面からも、本書には弁護士らしい丁寧なアドバイスが詰まっている。被害を報じる立場であると同時に、被害者にもなりやすい立場のマスコミで働く女性や、就活女子学生には必読本と言える。
BOOKウォッチでは関連で『性的虐待を受けた子どもの施設ケア』(明石書店)、東大生のレイプ事件を小説化した『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)、日本の戦場ではレイプが横行していたという『飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館)、大正末期に娼婦になった女性の88%は「家の困窮を救うため」だったということを伝えた『東京の下層社会』(筑摩書房)なども紹介している。
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