「イヤミス」の女王・真梨幸子(まり ゆきこ)さんの著書『フシギ』(株式会社KADOKAWA)は、想像とは一味違う後味の悪さがあるかもしれない。
胸くそ悪い事件を目撃してしまう「イヤミス」というより、混乱したまま結末を迎えてしまう「イヤミス」だった。
「連続する不審死、壊れていく日常...。二度読み必至の衝撃作!!」
「絶望と衝撃のラストまでページを捲る手が止まらない、精緻にして大胆な長編ミステリ!」
緊張感が一気に高まる帯コピー。さらに「ラスト10ページ、戦慄のどんでん返し!」とある。「よし、絶対罠に引っかからないぞ」と、気合いを入れて読みはじめたが......。
最初のページに注釈が付いている。
「はじめにお断りしておく。本作品は、私自身が体験、または見聞きした"不思議"を、小説として仕上げたものだ。作品に登場する人物名や組織名は基本的に仮名またはイニシャルとし、若干のエフェクトもかけてある。無論、私本人に関しても、エフェクトがかけてある......」
主人公の「私」は、作家デビューして24年になる人物。つまり、読者は「物語の主人公が書いた小説」という設定で、本書を読み進めていくことになる。
本書は「マンションM」「トライアングル」「キンソクチ」「イキリョウ」「チュウオウセン」「ジンモウ」「エニシ」の7話構成。最終話「エニシ」の終盤に来て、根本から覆された感があった。
さて、ネタバレにならないよう注意しつつ、物語のあらすじを紹介していこう。
2019年5月のある日、「私」は編集者の尾上まひるから「ぜひ、聞いてもらいたいお話があるのです。......八王子にある、マンションMの話です」と連絡を受ける。
かつて「私」はそのマンションに住み、幾たびか不思議な体験をしている。偶然にも、尾上はそのマンションの、「私」と同じ401号室に住んでいたという。「私もあの部屋で、金縛りに遭ってしまったのです」。そう告げた尾上は、自身の金縛り体験をこう語った。
なにも見えない、体も動かない。「ざりざりざり......」と、窓ガラスに尖ったものをなすり付ける音。「うぅうぅうぅ......」という唸り声。そこで窓が開き、毛むくじゃらのなにかが忍び込んできた。「その毛むくじゃらに、私、肩をかまれたんです。左肩を......」。そして、尾上は「私」にこんな提案を持ちかけた。
「先生。マンションMのあの部屋に住んでいた人たちがどうなったか、調べてみませんか? そして、それを小説にしませんか?」
なんでも、事故物件サイトではマンションMが凄いことになっているという。「きっと、あのマンション、なにかあるんですよ」と前のめりになる尾上。「えぇぇぇぇ」と怯える「私」。
「大丈夫です。私には、凄い味方がいますから! どんな霊障だって、蹴散らしてくれます! きっと、上手くいきます」
尾上の提案を一旦保留のまま持ち帰ったが、「マンションMとは関わらない方がいい」「この仕事、はっきり断ろう」と判断し、「私」は尾上に連絡した。すると尾上の上司から、尾上はマンションMを取材中に4階の窓から転落し、重体だと聞かされる。
そして同年7月のある日、午前2時過ぎ。「ぽぽぽぽーん」というメールの着信音がパソコンから聞こえた。メールの差出人は尾上まひる。メールには「早速、明日、マンションMに行ってこようと思います」とある。これは、5月に起きた転落事故の前日に書かれたもののようだった。
しかし、尾上はその事故で重体になり、事故の1週間後に死んだはずだった――。それから何度か、死んだはずの尾上からメールが届く、という不気味な出来事が続く。
ある日、こんなことが書かれていた。臨死体験をした尾上のもとに、三人の女が「お迎え」に来たというのだ。一人目は母、二人目は伯母。ただ、どうしても、三人目だけ誰なのか分からないという。
「ちょっと、気になりませんか? 三人目の女が、誰なのか」
「三人目の女が、先生のところに現れませんように」
なぜ死んだはずの尾上からメールが届くのか。三人目の女は誰なのか。そんな疑問とともに、ふと、「エフェクトがかけてある」といっても、「私」の情報が異様に少ないことに気づく。
そこから先は、あれよあれよという間に「ラスト10ページ、戦慄のどんでん返し!」。二度読みせずにいられる読者はいるのだろうか。やはり、「フシギ」な本書は一筋縄ではいかなかった。
本作は「小説 野性時代」(2019年6、8、10、12月号、2020年2、4、6月号)に掲載したものを、単行本化にあたり、大幅に加筆修正したもの。
■真梨幸子さんプロフィール
1964年宮崎県生まれ。多摩芸術学園(現・多摩美術大学)映画科卒業。2005年『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が口コミで広まり、累計60万部を突破するベストセラーになる。
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