津波で家族を亡くし、喜び以外の感情を奪われた高校生・沖晴は、余命1年の元教師・京香と出会い、感情を取り戻していく――。
額賀澪(ぬかが みお)さんの著書『沖晴くんの涙を殺して』(双葉社)は、笑うだけだった沖晴が「普通」の高校生になっていく、喪失と成長の物語。
生から死へ向かう京香。死から生へ向かう沖晴。2人が心を通わせ、ともに過ごした約1年間を描いている。
「《喜び》しか感じない不思議な力を持った男の子は、ネガティブな感情を取り戻して、平凡な、普通の高校生になった。笑う、怒る、泣くを、当たり前にできる子に。年相応に脆くて傷つきやすい男の子に」
物語の舞台は、階段町。その名の通り、階段と坂の町。階段町から見える狭い海には、大小さまざまな島が折り重なり、橋がそれを繋いでいる。
京香は東京の大学を出て、音楽教師になった。充実した毎日を送っていたが、病気で余命1年と宣告され、4年ぶりに故郷に帰ってきた。
沖晴は、京香の実家の近くで一人暮らしをしている。いつも笑顔。スポーツが得意で頭脳明晰。さらに、どんな怪我もあっという間に治る、死が近い人がわかる、という能力を持っていた。
気味が悪いと周囲に引かれることもあるが、沖晴にはこうなる理由があった。9年前、沖晴は北の大津波で家族を失った。そこで死神と、人間の5つの基本感情「喜び」「嫌悪」「怒り」「悲しみ」「怖れ」に関する取り引きをしたのだった。
「多分、俺は津波で死ぬはずだったんです。(中略)でも死神か何かが気まぐれに、俺と取り引きをしてくれたんですよ。五つの感情のうちの《ネガティブな方の四つ》を差し出して、それと引き替えに、生きて帰ることができました」
海から生きて帰った沖晴は、何故かそれまでよりスポーツが得意になり、一度見たものや聞いたものを忘れなくなり、怪我をしてもすぐに治るようになった。家族、友人、家、故郷、喜び以外の感情と引き換えに、命と特殊な能力を手に入れたのだった。
本書の目次は以下のとおり。沖晴は一話ごとに、失った感情を取り戻していく。
第一話 死神は呪いをかける。志津川沖晴は笑う。
第二話 死神は嵐を呼ぶ。志津川沖晴は嫌悪する。
第三話 死神は命を刈る。志津川沖晴は怒る。
第四話 死神は連れてくる。志津川沖晴は泣く。
第五話 死神は弄ぶ。志津川沖晴は恐怖する。
第六話 踊場京香は呪いをかける。志津川沖晴は歌う。
最終話 死神の入道雲
物語は、京香の葬式の日から始まる。そして、京香の生前と死後を行き来しながら、京香と沖晴、それぞれの心の内を丹念に描いている。
あるとき沖晴は、「死神はどうして俺を助けたんだろう」と口にする。もっと他に助けられるべき人がたくさんいたのに、と。
それに対して京香は、「人は、特に理由もなく死ぬの。むしろ生きてる方が凄いんだよ。私達って、きっと、運よく、死んでないだけなんだよ」という言葉が、腹の底から湧き上がってきた。
京香があらゆる感情に整理をつけて最期を迎えるためにも、沖晴が「普通」の高校生になるためにも、互いに不可欠な存在だったことが、直接的な表現や行動はなくても、言葉の端々から伝わってくる。
京香「寂しさを感じながら、私は死んでいこう。怖れることなく、(中略)名残惜しさを感じながら、死神と一緒にあの世とやらに行こう」
沖晴「貴方が一つ大切になるたび、一つ取り戻した。感情を取り戻して、便利な力を失って、大切な人が一人残った」
京香の死後、沖晴はふと「何もかも妄想だった可能性」を考える。
「自分を守るために、この体は、脳は、心は、何かを歪めていたのかもしれない。辛い思いをしないために自ら感情を捨てて。少しでも生きやすいように、居場所を作れるように」
今年は震災から10年。例年以上に多くの報道がなされ、それだけ多くの人々の想いに触れた。
本書はあくまで物語だが、沖晴のような出来事がどこかであったかもしれない、そう思えてくる。本書の帯には「青春小説の旗手による感涙傑作」とある。コピー通り実際に泣けることはそうそうないが、想像以上の感動作だった。
本書は、『小説推理』(2019年2月号~8月号)の連載「沖晴君と死神の入道雲」に加筆・修正したもの。
■額賀澪さんプロフィール
1990年生まれ、茨城県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。2015年『屋上のウインドノーツ』(「ウインドノーツ」を改題)で第22回松本清張賞、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。16年『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書に。
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