コロナ禍で大学入試の行方が心配されている。予定通り、実施できるのか――。約半世紀前の1969年にも似たようなことがあった。東大闘争が激化し、「入試」が危ぶまれ、結局、実施できなかった。東大を志望していた受験生は京大、一橋大、東京工大などになだれ込み、空前の倍率に。日本中の受験生が、玉突き的に志望大学の格下げを強いられ、大学受験が大混乱に陥った。
本書『東大闘争の天王山――「確認書」をめぐる攻防』(花伝社)は、当時の東大の状況を、闘争に深く関わった河内謙策さんが振り返ったものだ。
本書の概要は以下の通り。
「学生・院生たちの不屈の闘争、大学当局・教授たちの対応、加藤執行部との秘密交渉、全共闘の暴力とボス交、政府・文部省の策動などを、膨大な資料と記録を駆使して読み解いた、東大闘争の新たな全体像。主役の一般学生が、歴史的な『確認書』を勝ち取り、東大闘争は勝利した」
これを見ただけでは、今の読者には何のことかわからないかもしれない。要するに、東大闘争では全共闘だけがクローズアップされるが、実際には「一般学生」が主役であり、全共闘を駆逐した彼らが勝利した、という趣旨の内容だ。
著者の河内さんは1946年生まれ。65年東京大学入学、東大闘争時には、法学部緑会委員・七学部代表団員、71年東京大学法学部卒業。大月書店に勤務後、1988年より現在まで弁護士。2001~02年にはハーバード大学ライシャワー日本研究所の客員研究員、02~03年には北京外国語大学へ語学留学という経歴だ。
上述の「一般学生」とタッグを組んでいたのは、「民青系=共産党系」の学生たち。経歴から見ると、河内さんはその中心的人物の一人、ということになるだろう。とにかく当時は、全共闘と共産党系の学生が、激しく対立していたということを踏まえないと、学生運動の理解が進まない。
もともと東大は、10学部のうち、医学部と文学部を除く8学部の自治会を、共産党と密接につながる民青系が握っていた。ところが医学部に端を発した東大闘争の拡大で、1968年9月から10月にかけ次々とストライキが決行され、執行部が、反民青の全共闘系にひっくり返る。
危機感を強めた共産党はテコ入れに躍起になった。その内情、とりわけ文学部の状況に関してはBOOKウォッチで紹介済みの『未完の時代――1960年代の記録』(花伝社)に詳しい。
68年秋段階の文学部自治会は革マル派が握っていた。学生大会をやると、250~300対80~120ぐらいで民青系は劣勢。一方で、一般学生の中には、このままストが続くと、来春の就職がやばいという空気も生まれつつあった。彼らは「有志連合」として動き始める。
そんな彼らと組んで事態収拾に動いたのが民青系の学生だ。年が明け1月10日、秩父宮ラグビー場で、7学部の学生代表団と、大学側の加藤執行部との大衆団交が開かれた。10項目の確認書が交わされて大枠で解決に向かう。本書の副題になっている「確認書」とはこのことだ。東大闘争については、この直後の1月18~19日、安田講堂で繰り広げられた全共闘系と機動隊による攻防戦が注目されがちだが、その前に大きな区切りがついていた、というわけだ。
本書の著者の河内さんは法学部の学生であり、七学部代表団員でもあった。したがって全学部的な動向について詳しい。当時の七学部代表団員には、「一般学生」の側で、のちに自民党の有力者になる町村信孝氏(経済学部代表)もいた。
東大闘争というと、おおむね全共闘側にスポットが当たり、関係者の著書も多いが、最近、本書のように「民青系」の巻き返しも目立つ。上記の『未完の時代――1960年代の記録』や、『東大闘争から五〇年――歴史の証言』(花伝社)などだ。『東大闘争の語り』(新曜社)は各派の活動家の証言録だが、民青系も登場していた。同書の著者は若い世代だが、父親は東大出身。民青系の人だったようだ。
当時を振り返る研究者の著作としては社会学者の小熊英二氏による『1968』(角川財団学芸賞受賞)が高く評価されているが、河内さんは手厳しく批判、「彼の理論的貧困と大学改革の想像力の欠如を示すものとしか言いようが無い」と突き放している。
本書でもわかるように、一口で「東大闘争」と言っても、実際の経験、立ち位置や関り方にとって、それぞれの物語がある。全体像を描くのは容易ではない。700ページを超える本書にはあまり知られていない話も盛り込まれているので、後世の貴重な資料の一つとなるだろう。
東大闘争については昨年、三島由紀夫没後50年ということで、映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」が公開され、改めて注目された。三島が東大駒場の全共闘学生と対論したのは69年5月のことだ。その中で三島は語っている。
「東大問題は、全般を見まして、自民党と共産党が非常に接点になる時点を見まして・・・実に恐ろしい世の中だと思った・・・当面の秩序が維持されさえすれば、自民党と共産党がある時、手を握ったっていいのだという。・・・私はそういう点じゃプリミティブな人間だから、筋が立たないところでそういうことをやられると気持が悪い」
三島が「恐ろしい」「筋が立たない」「気持ちが悪い」と語った交渉の内幕が本書、ということになるのかもしれない。
BOOKウォッチでは上掲の各書のほかにも関連で、『安田講堂 1968-1969』 (中公新書)、『オレの東大物語 1966~1972』(集英社)、『東大闘争 50年目のメモランダム--安田講堂、裁判、そして丸山眞男まで』(ウェイツ刊)、『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念〔記録資料篇〕』(合同フォレスト)、『私の1968年』(閏月社)、『歴史としての東大闘争――ぼくたちが闘ったわけ』(ちくま新書)、『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』(白順社)、『赤軍派始末記』(彩流社)、『美と共同体と東大闘争――三島由紀夫vs東大全共闘』 (角川文庫)など多数紹介している。
ちなみに1969年の東大入試中止というと、ずいぶん過去の話のように思えるが、現在、メディアで大活躍する池上彰さんや、経済学者の竹中平蔵さんはこの年の激動の入試経験者だ。コロナで今春の入試がどうなっても、受験生は気持ちを強く持って未来に備えてほしいと思う。
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