長年にわたり多くの有名タレントや歌手、お笑い芸人を輩出してきた株式会社サンミュージックプロダクション(以下、サンミュージック)の相澤正久(あいざわ・まさひさ)社長は、タレントを守るために、権利の教育は欠かせないという。
相澤社長がいう権利とは何か、守るとは何か、芸能プロダクションの仕事と知的財産権(以下、知財)の関係性について相澤社長の想いを聞いた。
インタビュアーは、萩原理史(はぎわら・まさふみ)さん。萩原さんは、相澤社長のエピソードも収録した知財に関する書籍『すごいぞ!はたらく知財』(晶文社)の著者の一人、この分野の専門家だ。
萩原 本書『すごいぞ!はたらく知財』は、中学生くらいのお子さまに知財を知ってもらうために企画された書籍です。今回、ご協力いただいた理由について教えてください。
相澤 スマホ普及以降ずいぶん便利になりましたが、気づかないうちにタレントの肖像権(※自分の写真などをむやみに撮影・利用されない権利のこと)などの権利が侵害されることも多くなりました。
そこで、皆さんが一体どんな権利を持っているのか、タレントが持つ権利に置き換えて話すことで、知ってもらいたいと思いました。同時に、タレントも一般人と同じように、肖像権などの権利を持っていることを分かってほしいと思っています。
萩原 芸能プロダクションとして「タレントを守る上で相互理解を深めたい」という想いも込められているのですね。さっそくですが、タレントには、どんな知財が結びついているのでしょうか。
相澤 大きく結びついているのはパブリシティ権ですね。芸能プロダクションはタレントを売り出すため、さまざまな手法でタレントの価値観を上げていきます。
これに伴い生まれる権利がパブリシティ権(※ここでは、タレントの価値を上げることによって生まれた顧客吸引力を無断で他に商業利用させない権利のこと)です。
芸能プロダクションはタレントからパブリシティ権の管理を委託されている場合がほとんどです。
萩原 パブリシティ権の管理を委託されることによって、どんなことができるようになるのでしょうか。
相澤 世の中に顔を出し、良いドラマ、良いコマーシャル、良い番組に出ることでタレント自身の価値を上げていくことができます。
具体的に言えば、CM、ドラマ出演などの際、本人とクライアントの間に入って交渉をします。タレントのイメージを考えた交渉をすることによって、イメージアップにつながるコマーシャルの仕事を獲得する、逆に、本人が言いにくい要望も代弁して、仕事を整えていくというサポートです。
萩原 権利に基づいたマネージメントによって、タレント自身の価値を上げているのですね。
相澤 それだけではありません。世の中に顔を出すことが仕事ではありますが、あまりに出しすぎると、今度は世の中に飽きられてしまう危険もありますよね。そのための露出調整や、タレント自身のメンタルケアも担っています。
海外では、エージェントがそういった役割を部分的に担うケースが多いですが、日本では発掘から育成、ブランディングまで包括的に芸能プロダクションが担っていることが多いです。
萩原 想像以上に、細かいケアをされていることに驚きました。知財は芸能人自らが成長していく上でも大切な権利といえそうです。
相澤 そうですね。発掘から育成の例でいうと、皆さんの中でイメージがつきやすいのは、安達祐実でしょうか。彼女と初めて会ったのは小学5年生の時でしたが、本当に天才的な演技力を持っていました。彼女は幼いころからモデルとして活躍していて、CM業界では話題の子役でした。
「祐実ちゃんは将来、どんなタレントになりたい?」
「私、女優さんになりたい」
というやり取りをしたのを覚えています(笑)
萩原 一方で、タレント自体が知財で守られていることは一般的にはあまり認識されていないのだな、とも思いました。
相澤 きっと、肖像権とパブリシティ権が法制化されていないためでしょう。 どこからどこまでをパブリシティ権として認めるのか認めないのか境目が難しいのですが、タレントは自分たちの努力、及び芸能プロダクションのバックアップで世に出ているので「パブリシティ権」が存在するのです。
萩原 このあたりを知らない方が多いゆえ、悪意なく、知らず知らずにタレントの写真をネットにアップしてしまう人も多いのだと思います。
相澤 法制化されれば勝手に写真を撮ること、ネットにアップすることは法律に則って規制されます。しかし、一方で、いちいち許諾を取らないとメディアが取り上げることができないという煩雑さも発生し、タレントの露出のチャンスにも影響してしまいます。
「タレント=世の中に顔を出すことが仕事」ですが、タレントのプライバシーを守ることを考えると、我々としても法制化したい気持ちがあります。
萩原 もし、街でタレントを見かけて写真を撮った場合、ネットにアップしたいと思った時は、どうしたら良いでしょうか。
相澤 応援してくれる気持ちがあるのであれば、ぜひ、芸能プロダクションへ「ネットにアップして良いですか?」と聞いていただきたいです。
タレントを守る上で必要なことなので「そんなこと聞かれても取り合わないよ!」とは言いません。ひと言、事前に聞いてください。
相澤 上記のようなファンの方による応援の話とはまったく別で、ネットの事では、実は警鐘を鳴らしたいことがあります。
萩原 ぜひ、お願いします。
相澤 ネットが普及し続けると当然、悪用も増えます。
例えば今、私が危機と感じているのはDeep fakeです。タレント本人がやっていないこと、言っていないことを勝手に作り上げて拡散されることが増えてきているのです。
実際、Deep fake(ディープ・フェイク)による画像や映像(肌の露出の多い別人の身体の写真と、タレントの顔の写真を合成して、まるでタレント本人のように摸したフェイク画像・動画など)はネット上に多数存在しています。
Deep fakeは偽物だと見分けがつきにくいほど精巧にできている偽物なので問題です。ゆえに、Deep fakeが広まる一因は、フェイクを本当だと信じてしまった一般の方による拡散もあるのです。
ドラマを作るにしても、音楽を作るにしても、タレントや周りのクリエイターは苦しみ、良いものを生んでいます。「皆さんに喜んでもらう物を作ろう」という思いには、正しく評価され、正しく報酬が入ってくることが大事だと思います。
そのためにも今、自分が得ている情報は本物なのか?フェイクなのか?一度、考えた上で発信してほしいのです。
(第2回につづく)
※第2回「『「会社と話したい」と言ってもらえるように』/サンミュージック・相澤正久社長インタビュー」は2021年1月1日に公開予定。
相澤正久(あいざわ・まさひさ)
株式会社サンミュージックプロダクション代表取締役社長。1971年6月米国大学卒業、太平洋クラブ、京王観光を経て、'79年株式会社サンミュージック企画に入社。'95年株式会社サンミュージックプロダクション取締役副社長に就任し、'96年からお笑い部門プロジェクトGETを立ち上げ、お笑い芸人の育成に力を入れる。'04年12月に代表取締役社長に就任。
萩原理史(はぎわら・まさふみ)
2007年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)に入社。同社にて、映像産業を中心としたメディア・コンテンツや芸術文化政策等にかかわる調査研究業務に携わる。
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