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いま東京で注目のエリア「谷根千」が舞台のミステリ

谷根千ミステリ散歩

 東京の文京区から台東区にかけての谷中・根津・千駄木界隈は、「谷根千(やねせん)」と呼ばれ、近年下町情緒が残るエリアとして観光地化している。『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受賞した東川篤哉さんが、ここを舞台にした新作『谷根千ミステリ散歩』(株式会社KADOKAWA)を出した。

居酒屋手伝う女子大生が主人公

 江戸川乱歩の名作『D坂の殺人事件』に登場する坂もこのあたりにある。坂に近い大学に通う女子大生のつみれが主人公。亡くなった父が構えた谷中にある居酒屋「鰯の吾郎」は、兄の「なめ郎」が継いでいる。一家の姓は「岩篠」だから、「鰯のつみれ」「鰯のなめ郎」と親は呼ばせたかったのか、というようなツッコミのある「ゆるい」設定のミステリだ。

 「第1話 足を踏まれた男」では、店の手伝いに出たつみれが、同じ大学の沙織先輩が昼からビールを飲んでいるのに出くわす。話を聞くと、シーズンスポーツ同好会のバーベキューの席で同好会の王子さま的存在の倉橋先輩の足を踏み、邪険にされたという。本当は踏んでいないと言い張る沙織だったが、アルコールでうさを晴らすのだった。

 兄のなめ郎から、開運グッズで評判の店があると聞いて、つみれが探した店は「開運堂」ならぬ「怪運堂」なる店。店主は竹田津優介という若い男だった。兄とは少し面識があるらしい。沙織先輩と倉橋先輩の一件を相談し、さらに途中で知った石材店の泥棒事件を教えると、竹田津は石材店に向かい、ひとしきり聞き取りをするのだった。

 沙織が倉橋の右足を踏んだのを目撃した証人を大学で確保した竹田津とつみれは、倉橋のアパートへ向かうと、部屋で女子大生の死体を発見する。

 倉橋は自分の犯行を隠すため、女子大生とのもみあいで怪我をした爪をガードしようと石材店から白いスニーカータイプの安全靴を盗み、バーベキューに参加したのだった。こうして「谷中女子大生殺害事件」は公のものになった。

ゆるい二人組が事件を解決

 ちょっと「ゆるい」二人組があちこちに首を突っ込み、多少強引に事件を解決するストーリーがほかに3つ収められている。

 空き巣が部屋の物を逆さまにして何も盗まなかった事件、風呂場で殺された男をめぐるトリック、夏のコソ泥事件......話が進むにつれて、居酒屋「鰯の吾郎」のお客や近所の人たちとのやりとりが少しずつ濃厚になっていく。

 東京でこうしたコミュニティが成り立つ現場として、「谷根千」に注目したのは東川さんの慧眼だろう。

「古い」街こそ「新しい」

 社会学者の吉見俊哉さんは著書『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』(集英社新書)で、「谷中のような『低く』『古い』建物が集まる場所こそが「新しい」のです。谷中は、高いものから低いものへ、速いものから遅いものへ、新しいものから古いものへという図と地の反転を体感できる街です」と書いている。

 こういう場所こそ、ミステリの舞台にふさわしいだろう。思えば、江戸川乱歩が当時、単身者の住むアパートが多い街を舞台に書いたのが『D坂の殺人事件』だった。「古い」と思われた街が、時代がひと回りしたら、面白そうな「新しい」街になっていた。

 著者の東川篤哉さんは、1968年広島県生まれ。2002年カッパ・ノベルズの新人発掘プロジェクト「KAPPA-ONE登龍門」で第一弾として選ばれた『密室の鍵貸します』(光文社)で本格デビュー。『謎解きはディナーのあとで』は大ヒットとなり、櫻井翔・北川景子主演で連続ドラマ化・映画化された。作中に登場する「お嬢様の目は節穴でございますか?」「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」のセリフが有名だ。他に「烏賊川市シリーズ」、「鯉ヶ窪学園シリーズ」などがある。この「谷根千」もシリーズ化しそうだ。

 BOOKウォッチでは、東川さんの『純喫茶「一服堂」の四季』(講談社文庫)を紹介している。

 
   
  • 書名 谷根千ミステリ散歩
  • サブタイトル中途半端な逆さま問題
  • 監修・編集・著者名東川篤哉 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年10月17日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・275ページ
  • ISBN9784041096970

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