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『悪人』を超える吉田修一さん最強のミステリー

湖の女たち

 琵琶湖を望む高台の介護療養施設で、人工呼吸器の停止による死亡事件が発生した。亡くなったのは100歳の男性。人工呼吸器に誤作動があったのか、施設側に落ち度があったのか。行き詰まる捜査の中、出会った刑事と介護士の女性が離れられない関係になる。本書『湖の女たち』(新潮社)は、衝撃の文芸ミステリー作品だ。

二つのストーリーが平行する

 著者は『悪人』『さよなら渓谷』などのミステリー作品でも知られる吉田修一さん。「湖の中へ飛び込んで、そこで夢のように過ごして、やがて小説ができる――そういう書き方じゃないと、この小説は書けなかった」(「波」2019年10月号)と語るように、普通のミステリーとは異なる文体、筆法で書かれている。

 事件のあった夜、施設の当直は看護師が2人、介護士が2人の体制だった。無理なシフトが続いていたため、医師の許可を得て看護師はそれぞれ長めの仮眠を取り、介護士たちに仕事を任せていた。介護士は人工呼吸器の異常をしらせるアラーム音を聞いていないと証言した。

 別の班で当直していた介護士の豊田佳代は、刑事の濱中圭介から事情聴取を受けた数日後、豪雨の中、濱中の車に自分の車をぶつけてしまう。妻の出産予定日の近い濱中は、佳代に異常な執着を覚える。

 もう一人、週刊誌記者の池田立哉も事件を追い、ストーリーはパラレルに進行する。池田は、亡くなった男性、市島民雄が元京都大学教授で731部隊の生き残りであったことを知る。スクープとして追いかけていた薬害事件に市島の満州時代の人脈が絡んでいた。

エスカレートする主従関係

 事件に何か不穏な背景があるのか、気になるところだが、刑事の濱中の暴走が始まる。夜、佳代の顔が思い浮かび、家に小石を投げて呼び出す。

 「言えよ。会いたかったって」

 自然とそんな言葉が口から出た。その場にうずくまる佳代だった。

 捜査は当直の介護士、松本郁子の単独犯というシナリオで進んでいた。厳しい取り調べが続く中、松本は自殺ともとれる交通事故を起こし、一命を取りとめる。

 一方、濱中と佳代の主従関係ともいえる異様な関係はエスカレートする。

 「そやったらできるやろ? おまえはもう俺の物や。その髪の毛一本から足の爪まで。そやったら、もう覚悟決めろよ」

 佳代はなぜか全身がぞくぞくした。

 「こんな女になってしまって、申しわけありません。許してください」

 引用がはばかられる露骨な描写が続く。自分が犯人だと自供し、留置場の中にいることを空想する佳代。もはや、これはミステリーなのかという一線ぎりぎりのところでストーリーは展開する。

浮かび上がる731部隊の影

 東京に戻った池田は新宿・歌舞伎町のホテル街でワゴン車に乗った男たちに拉致される。「これ以上、今取材してる件に首を突っ込むな。いいか、次は死ぬぞ」と脅され、袋に入れられ、川に捨てられる。薬害事件の真相に近づいたと思った池田は中国の旧満州へ行き、取材を続ける。そして、薬害事件の際、彼らが必死になって隠蔽しようとしたのは、副作用のある血液製剤だけでなく、非道な人体実験を行った731部隊の生き残りであった事実でもあると確信する。

奇跡のラストシーン

 事件は意外な展開を見せる。ユーチューブに投稿された施設内を撮影した短い動画。亡くなった市島民雄の部屋の前で画像は止まっていた。そして、近くの施設で同様の事件が起きる。同一犯の犯行なのか? そして、濱中と佳代の二人はどうなるのか? 奇跡のラストシーンへなだれ込む。

 『悪人』では、被疑者の男と恋に落ちて一緒に逃亡する女性がいた。本書には、刑事とただならぬ仲になる女性が登場する。こうした異様な男女関係を描いて吉田修一さんの筆は冴える。テンションの高い文章の中で、琵琶湖の自然の描写が美しい。映像化が待たれる作品だ。

 BOOKウォッチでは、『731部隊と戦後日本』(花伝社)など731部隊関連の本を多数紹介済みだ。



 


  • 書名 湖の女たち
  • 監修・編集・著者名吉田修一 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2020年10月29日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・319ページ
  • ISBN9784104628070
 

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