日本で最もバスを保有する会社はどこにあるか知っていますか? 答えは九州・福岡県を拠点とする西日本鉄道、西鉄(にしてつ)だ。直系のグループ全体で約2900台を保有する日本最大のバス事業グループである。本書『西鉄バスのチャレンジ戦略』(交通新聞社新書)は、九州がバス王国となった理由を解き明かした本である。
福岡市の中心部、天神にある西鉄天神高速バスターミナルは、1日1500便強の高速バス・特急バスが発着する日本最大級のバスターミナルだ。広い待合スペースはバスホームとガラスで仕切られ、乗務員のホーム側からの操作で乗り場のドアが開く。完全空調で空港待合室のような快適な空間だ。
ここに鹿児島、宮崎など九州一円と西日本各地から高速バスが乗り入れる。その特徴は運行便数の多さだ。福岡~小倉間は3系統で平日228便、土休日230便と、高速バス1都市あたりの便数は全国一。県外とは発着地のバス会社との共同運行になるが、熊本、大分、長崎、佐世保、宮崎、鹿児島などと結ぶ便が1時間に1~3本のペースで運行されている。
特に宮崎から福岡へ週末に遊びに出る若者は、高速バス「フェニックス号」にひっかけて「フェニックス族」と呼ばれるほどだ。福岡・博多が九州一円から若者を集める求心力を保つのは、高速バスのおかげだろう。
著者の鈴木文彦さんは交通ジャーナリストで、特にバスに詳しい。著書に『西鉄バス最強経営の秘密』(中央書院)、『日本のバス100余年のあゆみとこれから』(鉄道ジャーナル社)など多数。
西鉄バスが日本で最初に導入したものとして、座席横のポール、低床化、アイドリングストップ、夜行高速バスの独立3列シートを挙げている。西鉄バスがいかにバス業界をリードしてきたかが一般に広く知られていないのは、地方都市の福岡にあるためだ、と切歯扼腕している。西鉄バスを取り上げた前著から17年、規模だけではない「日本一」を知ってもらおうと本書を書いたそうだ。
本書の構成は以下の通り。
序章 日本最大規模のバスグループ 第1章 時代に合わせた近年の新たな取り組み 第2章 西鉄110年のあゆみにおける西鉄バス 第3章 福岡都市圏・北九州都市圏の取り組み 第4章 最大規模を誇る西鉄の高速バス 第5章 西鉄バスの車両のあゆみと考え方 第6章 西鉄バスの経営戦略と業界をリードした取り組み 第7章 地方バスの取り組みと地域との連携 第8章 西鉄バスの安全とサービス・人づくり
西日本鉄道は、戦時統合によって1942年に、九州電気軌道を母体に九州鉄道、博多湾鉄道汽船、福博電車、筑前参宮鉄道の5社が合併して誕生。その後多くのバス事業者を統合、1944年にはすでにバス900台を保有する日本最大級のバス事業者となっていた。
福岡都市圏では郊外の宅地化が進展し、バスの需要は増加の一途をたどった。1950年代はまだ九州の国鉄は電化されておらず、列車よりも速くて便利な交通機関としてバスが伸びた。周辺事業者との相互乗り入れで福岡~大分間、福岡~佐賀~佐世保間など県外の長距離路線を育成した。
1972年、福岡市は人口90万人を超えて政令指定都市になり、77年には人口が100万人を超えた。福岡市では地下鉄建設が具体化し、北九州市においても都市モノレール建設が決まった。こうした状況下で西鉄の路面電車(福岡市内線・北九州線)が廃止され、バス路線が大幅に再編された。
73年、九州自動車道鳥栖~熊本間が開通。これにともなって西鉄と九州産業交通は、国道3号線で相互乗り入れしていた福岡~熊本間特急バス「ひのくに号」を高速道に乗せ換えるとともに新車両を導入し、所要時間を40分短縮した。以後、高速道の延伸に伴い、各地を結ぶ高速バス網が拡充、今日の隆盛に至っている。
また、83年には福岡~大阪間に阪急バスとの共同運行による夜行高速バス「ムーンライト号」が運行を開始、路線延長646キロは当時日本一だった(2017年廃止)。さらに90年には日本最長距離の1100キロを走破する福岡~新宿間「はかた号」(京王電鉄と共同運行)へと発展した。
本書では、こうした西鉄バスの歴史を振り返るとともに、分社化など経営合理化やAI活用型オンデマンドバスの運行による地域サービスの拡充など、新しい取り組みにもふれている。
西鉄バスが踏切を渡るとき、運転士は「踏切いったん停車」「発車オーライ」「左安全」「右安全」「前方よし」「発車します」と声を出して呼称する。鈴木さんは、このように呼称するのは全国でもおそらく西鉄バスだけだと書いている。過去の事故を教訓に、きめ細かな研修が行われていることを紹介している。
営業エリア内に福岡市と北九州市と二つの政令指定都市を擁すること、この2都市間の交通需要を鉄道以上の頻度で結び、需要を拾い上げていること、熊本、大分など九州各県の県庁所在地から高速バスの頻発運行で集客していることが、バス王国を支えている要因だろう。
バス王国の九州にあり、JR九州が独自の施策で黒字化を達成、株式上場を果たしたのは奇跡のように思える。バスと鉄道が競争し合い、高いレベルで利用者にサービスを提供しているのだから、九州の人は幸せかもしれない。
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