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日本軍は瀬戸内海で「毒ガス弾」の発射実験をしていた!

ウサギと化学兵器

 炭鉱などで有毒ガスを察知するために、カナリアが使われていたということはよく知られている。本書『ウサギと化学兵器――日本の毒ガス兵器開発と戦後』(花伝社)は、同じような目的でウサギが使われていたかどうか、丹念に調べたものだ。日本軍の化学兵器工場の実態を改めて浮き彫りにしている。

講演がきっかけ

 著者のいのうえせつこさん(本名井上節子)は1939年生まれ。京都府立大学卒。子ども、女性、平和などの市民運動を経て女性の視点で取材・執筆・講演活動。フリーライター。一般社団法人審査センター諮問委員。一般社団法人AV人権倫理機構監事。NPO法人精舎こどもファンド代表。NPO法人あんしんネット代表などを務める。

 著書に、『地震は貧困に襲いかかる──「阪神・淡路大震災」死者6437人の叫び』(花伝社)、『女子挺身隊の記録』『占領軍慰安所──敗戦秘史 国家による売春施設』『子ども虐待──悲劇の連鎖を断つために』『女性への暴力──妻や恋人への暴力は犯罪』『高齢者虐待』『多発する少女買春──子どもを買う男たち』『AV産業──一兆円市場のメカニズム』『買春する男たち』『新興宗教ブームと女性』『帰ってきた日章旗──ある二等兵の足跡・太平洋戦争再考』(新評論)など多数。

 いのうえさんが、ウサギと毒ガスの関係に関心を持ったのは2019年1月、『追跡・沖縄の枯れ葉剤』(高文研)の著者、ジョン・ミッチェル氏の講演を聞いたのがきっかけだ。ミッチェル氏によれば、化学兵器開発の現場ではガス漏れなどの危機察知のためウサギが使われているのだという。日本の陸海軍も化学兵器を作っていたから、ウサギが使われていたかもしれないと思って調べ始める。

過去に技術者が証言

 過去の著書で明らかなように、いのうえさんはすでに戦争関連の本を何冊か執筆している。したがって、この分野には土地勘があった。

 まず出かけたのは、神奈川県の寒川町だ。ここには相模海軍工廠があった。マスタードガスとも呼ばれるイペリットを製造していた。地元の寒川文書館を訪ねると、館長が「寒川町史研究(第六号)特集・相模海軍工廠」に関連記事があることを教えてくれた。そこで働いていた技術者の証言が出ていた。

 「どのくらい効力があるのかを動物を使って、実験するんです」
 「屋外の大きな実験は、茨城の鹿島や、広島県呉の沖合にある亀ケ首で行いました」
 「亀ケ首には廃艦がたくさんありますから、それを1キロほどの沖合に置き、そこに動物を置いて、主砲で毒ガスの弾をぶっ放すわけです。それで動物がどの程度に死ぬかを確かめたり、解剖したりするのです」

 実験に使った動物は「マウスとか、ジュウシマツ・・・あとは、ウサギですね」と話している。危険の感知用ではなく、実験そのものに使われていたことがわかった。

 化学兵器は1925年のジュネーブ条約で使用が禁止されていた。日本も署名していたから、相模海軍工廠では催涙剤を「一号特薬」、クシャミ剤を「二号特薬」、イペリットを「三号特薬甲」、ルイサイトを「三号特薬乙」、青酸を「四号特薬」と呼んでいた。第一工場ではイペリット製造、第二工場ではイペリットを容器に詰める作業、第三工場では、容器に詰められたイペリットと火薬を組み合わせて爆弾に仕上げる作業が行われていた。

「女子挺身隊員」や「勤労学徒」が作業

 ここで現場作業員として働いていたのは「女子挺身隊員」や「勤労学徒」「徴用工」だ。顔色が青黒くなり、咳込んで、作業着がボロボロになる。毒ガスを吸い込んで亡くなった人もいたという。

 働いていた人たちの一部は戦後しばらくたって、旧相模海軍工廠毒ガス障碍者の会をつくり、厚生省に援護の要請書を提出。101人の会員のうち、63人が認定され、2001年から補償が行われるようになったという。

 寒川町の工廠は毒ガスの「製造所」だった。「実験」が行われていたのは、数キロ先の平塚市にあった海軍技術研究所だ。そこで、いのうえさんは平塚市の市史編纂室にも出向く。2004年4月3日、市内の工事現場でボーリング作業中に「不審な瓶」が見つかり、作業員3人が頭痛などを訴える事故があったことを教わる。そこはかつて海軍技術研究所があった場所だ。

 発見された「不審物」や土壌を分析した結果、微量のマスタード(びらん剤)や環境基準を超えるヒ素などが見つかったという。環境庁は04年7月、平塚の海軍技術研究所があった付近の井戸水からも有機ヒ素化合物が見つかったと発表、平塚市は付近の住民には「井戸水を飲料水にしないように」と周知したという。

 実は02年、寒川町の「相模海軍工廠跡」の碑が建つ場所でも、国交省が発注した高架下部工事の作業中に「不審なビール瓶」が見つかり、作業員6人が搬送され、うち1人が亡くなる事故があったこともわかった。地元の神奈川新聞は「イペリットの症状にほぼ一致する」という東大名誉教授のコメントが掲載されていた。

無数の「命」の呻き声

 いのうえさんはその後、寒川文書館で相模原海軍工廠平塚工場の敷地内配置図を見つける。総面積12万4000平方メートル。かなりの広さだ。多数の施設名の中に「第一動物宿舎」「第二動物宿舎」も記されていた。さらに『ガイドブック18 平塚の戦争遺跡』(平塚市博物館編)をチェックすると、海軍工廠の技術研究所化学研究部では小動物を飼育、実験に使っていたことが書かれていた。小動物とは「ジュウシマツ、ウサギ、モルモット」であると。「犠牲動物慰霊塔」が平塚のお寺にあることもわかり、訪ねる。石碑の裏側には「海軍技術研究所有志」と彫られていた。

 以上は、本書の「第一章 相模海軍工廠」の概要だ。続いて「第二章 大久野島・毒ガス工場」、「第三章 登戸研究所と七三一部隊」、「第四章 遺棄された化学兵器」という構成。

 いのうえさんが「ウサギ」にこだわったのは、戦前の幼少時に、ペットとしてウサギを飼っていたからだ。大切に育てていたのに、ある日、突然姿を消す。母親にただすと、悪い草を食べて死んだという。その後、いのうえさんは「女子挺身隊」の取材で戦争中の地方新聞を読み直す作業の中で、ウサギなどのペットが戦争末期に、食用や、兵隊の外套の防寒服として「献納」されていたことを知る。母親はそうとは言えずに、泣きじゃくる幼女に「死んだ」とウソの説明をしたのだろう。そうした自身の体験が、「ウサギと毒ガス」取材の原動力となった。

 日本軍が遺棄したはずの化学兵器の一部が、造成工事などでひょっこり顔を出す。そして、新たな被害者を生み出す。中国でも同じようなことが、何度も起きている。被害者の数ははるかに多い。日本政府を相手取り、訴訟にもなっている。そのあたりは第四章で記されている。

 日本政府は2000年から中国で遺棄された化学兵器の処理事業を中国政府と協力して開始。18年3月までに6万3000発を回収・保管しているが、まだ30万発以上が未回収だという。終戦時に日本国内にあったものについては、国内で不法遺棄されているので、環境省には「毒ガス情報センター」が設けられ、国内の遺棄情報を収集している。

 戦争が終わって75年。実験用のウサギや、人体実験された捕虜など、いわば生きながら埋葬を強いられた無数の「命」の呻き声は、今も安らぐことがない、ということを痛感する。

 直近のコロナ禍では、ウイルスが人工的に作られた可能性を指摘する声が一部にある。真相はまだ判明しないが、日本が過去に大量の化学兵器をつくり、その後始末が今も続いていることは、知っておくべきだろう。本書には、毒ガス工場で働いていた人たちの作業着姿の写真も掲載されている。完全防備、まるで潜水服だ。コロナの医療関係者の防御服姿と何となく似ている感じがした。

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『731部隊と戦後日本』(花伝社)は、731部隊について、新たにわかってきたことなどが詳しい。『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)はウイルス兵器の開発に成功していた登戸研究所の話。『日本の島 産業・戦争遺産』(マイナビ新書)には陸軍の毒ガス製造工場があった広島県の大久野島が登場する。サリンとほとんど同じものなどがつくられ、数千人が働いていたという。島は当時、秘密保持ということで地図から消されていた。このほか、『科学者と軍事研究』(岩波新書)、『復活の日』(角川文庫)なども紹介している。

 


本を聞く。無料で体験できるオーディオブックという選択


  • 書名 ウサギと化学兵器
  • サブタイトル日本の毒ガス兵器開発と戦後
  • 監修・編集・著者名いのうえせつこ 著
  • 出版社名花伝社
  • 出版年月日2020年5月20日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・176ページ
  • ISBN9784763409256
 

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