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最も悪臭にまみれた肉は何の肉?

くさいはうまい

 コロナ禍の影響で免疫力を高める効果があると、いま発酵食品が注目されている。本書『くさいはうまい』(角川ソフィア文庫)。納豆、熟鮓、シュール・ストレンミング......強烈なにおいを放つ発酵食品を求めて東奔西走した著者によるエッセイ集が、新たによみがえった。

 著者の小泉武夫さんは東京農業大学名誉教授で、発酵学の第一人者。本書は2006年、文春文庫として刊行され、一躍「くさい食べ物」ブームの火付け役になった。本書で紹介されたスウェーデンのシュール・ストレンミングは、ニシンを原料にした発酵食品の缶詰だが、テレビのバラエティにたびたび登場するようになり、出演者をその臭いで悶絶させている。

 今回、ノンフィクション作家の高野秀行さんとの「第3章 対談・発酵食品を探検する」を新たに収め、さらに「臭気」を増している。

発酵食品の効能

 とは言え、穏当な発酵食品も数多く紹介しているから安心だ。「第1章 滋養たっぷり物語」では、甘酒、味噌、漬け物、パン、キムチ、納豆、チーズ、ヨーグルト、麹など代表的な発酵食品の由来や種類、効能を詳しく解説している。

 たとえば、このところ一時品薄になったというヨーグルトには、体内に入った乳酸菌による免疫賦活作用により、免疫細胞(NK細胞)を増やす効果があるという順天堂大学の研究を紹介している。

 また、原料の牛乳に由来する良質なタンパク質が豊富な上に、発酵することで消化吸収が抜群によくなっていること、ビタミンB₂や葉酸が多い滋養効果、さらに何千億個という大量の乳酸菌が体内に入ることにより有害腸内細菌が体外に排除される効果を挙げている。

 「原料乳を乳酸菌という発酵微生物で発酵させただけで、これだけの効果が付与されるのですから、『発酵』という神秘な現象には驚かされます」

カラスの肉は線香の臭い

 タイトルにもなっている「第2章 くさいはうまい」が、本書の読みどころだ。もう発酵食品とか滋養とかに関係なく、くさい食べ物を求め、世界各地を食べ歩いたことを書いている。評者が面白いと思ったのは我々の身近にいる動物の食レポだ。野鳥の中で肉が最も臭いと言われるのがカラスだという。その臭いをこう表現している。

 「すなわち仏壇に供える線香であります。肉を線香で焚き染めた、そんな異様な臭みなのです」

 そんなカラスの肉でも北関東や信州、東北の一部では「カラスの蠟燭焼き」という料理法があるそうだ。カラスの肉を骨ごとたたいて、味噌や野菜とともに棒状にして焼いたもので、実際に食べた小泉さんは「よく噛みしめていきますと、肉の奥の方から、あの線香のにおいがほのぼのと起こってきまして、不味かったことを覚えています」と書いている。

 最も悪臭にまみれた肉はキツネだといい、さすがに自身では食べたことがない。実際に食べた人によると、尿の臭気そのものだとのこと。タヌキは食べたことがあるが、「カラスの肉のような異様さのなかに泥臭さと尿臭があってかなり臭い」そうだ。

 だが、室町時代の料理書にタヌキ汁の料理法が載っており、さまざまな工夫をこらし、くさみを抜いて食べていたことを紹介している。貴重なタンパク源だったのだ。

韓国のエイの刺身に失神寸前

 「臭い魚」として取り上げているのが、韓国の「ホンオ・フェ」という魚の発酵食品だ。エイの刺身だが、強烈なアンモニア臭がする。あまりに激烈なため失神寸前に陥ったという。

 単にくさいだけでは、タイトルに偽りありということなのか、最後は魚醤や世界各地の魚を使った発酵食品を取り上げているが、なかには数十年モノもあるという。

 長く発酵させても酸化や劣化が起こらないのは、発酵菌が何らかの形で酸化防止のための物質(抗酸化物質)を生成しているのではと推理し、将来、天然の酸化防止剤の開発につながるのではと期待している。

現地に行かないとわからない発酵食品の味

 「第3章」の対談には、世界の秘境を旅している高野さんが珍しいものを持参して臨んだ。西アフリカのブルキナファソの豆を集めた野球ボール大の納豆、そしてナイジェリアのスイカのタネから作った「オギリ」という世界一くさい納豆は堆肥の臭いがするなど、発酵談義が盛り上がる。

 ところで二人はなぜ発酵を追い求めるのか。高野さんは発酵食品の情報は案外少なく、行ってみるまでどんなものが出て来るのかわからないことが醍醐味だという。行ってみると、変なにおいがして大丈夫かと思うが、「食べてみると意外といけるんですよね。その意外性も魅力です」と語る。

 小泉さんは発酵食品がどうしてにおうかというと、発酵菌が全部代謝でやってくれていて、それは人間も同じだという。酵母は体の中にブドウ糖を取り入れ、代謝でアルコールを吐き出す。人間がウンコをするのと変わらない。同じ生き物だと親しみを込めて語っている。

 BOOKウォッチでは、アメリカ人医師が発酵食品の意義を説いた『腸と脳』(紀伊国屋書店)、発酵食品を使った簡単小鍋レシピ集『塩麹・甘酒・キムチで作る小鍋』(新星出版社)などを紹介している。

  


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  • 書名 くさいはうまい
  • 監修・編集・著者名小泉武夫 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年5月25日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数文庫判・253ページ
  • ISBN9784044005955
 

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