日本のあちこちに戦争遺産や産業遺産があることはよく知られている。本書『日本の島 産業・戦争遺産』(マイナビ新書)は、それらを「島」という場所に限定して、写真と現地報告でまとめたものだ。戦争関連が20島、産業・文化関連で45島が紹介されている。
一か所で複数の遺跡が存在しているところもある。トータルでは100遺跡以上が掲載されている。いずれも、そう簡単に行けるところではない。
著者の斎藤潤さんは1954年生まれ。東大文学部を出てJTBで「旅」などの編集に加わり、のちフリーに。『日本《島旅》紀行』(光文社新書)など島や旅について多数の著書がある。
奄美群島では、奄美大島と加計呂麻島が紹介されている。ともに深く入り組んだリアス式海岸を持ち、昔から天然の良港があった。ゆえに日本軍も、その複雑に入り組んだ海岸線を利用して多数の軍事施設をつくった。本書では8か所が掲載されている。
その中の二か所が、水上特攻艇「震洋」の秘密格納庫跡だ。「震洋」は、太平洋戦争末期に日本海軍が開発・使用した特攻兵器。小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に炸薬を搭載し、搭乗員が操縦して目標艦艇に体当たり攻撃を敢行する。極秘に組織され、訓練施設や格納施設がつくられた。
斎藤さんは奄美大島に行って、震洋格納庫の遺跡を探すが、なかなか近づけない。やっとのことで、崩れた崖の下にあるのを発見する。もともと人目につかないところにつくられているからわかりにくい。軍の秘密を守るため、築造にあたっては地元の人が採用されなかった。地元民も戦争が終わるまで、そのような施設があることを知らなかったという。艇の格納庫は小さな入り江を囲むように散在し、10か所ほどあった。
作家の島尾敏雄は、戦争末期に183人からなる第十八震洋特攻隊の隊長として、加計呂麻島に赴任。待機しているうちに終戦を迎えた。そんなこともあって、加計呂麻島には島尾敏雄文学の森公園がある。こちらの遺跡は、隣の奄美大島の遺跡と違って整備され、遊歩道を歩いていくと、当時の格納庫が現れる。中には特攻艇のレプリカも置かれている。
島尾は特攻体験をもとに『出発は遂に訪れず』などの作品を残している。奄美大島では待機中に爆発事故で13人が亡くなった。地元の人によると、島尾は戦後、二度にわたって、奄美大島の格納庫跡を訪れ、慰霊していたそうだ。
もう一つ、興味深かったのは、瀬戸内海の有名な毒ガス基地だ。広島県の大久野島。ここには1929年から45年まで、陸軍の毒ガス製造工場があった。サリンとほとんど同じものなどがつくられ、数千人が働いていたという。島は当時、秘密保持ということで地図から消されていた。
戦後、大慌てで毒ガスや施設を処理したが、多くの被害者が出た。のち島全体が国民休暇村に様変わり。さらに最近は世界的に「ウサギの島」として有名になっている。全島で1000羽近いウサギがいて観光客でにぎわう。本書には、毒ガス施設の遺跡の前で、ウサギと戯れる観光客の写真が掲載されている。複雑な気分だ。
戦争遺跡などを訪れる旅のことを「ダークツーリズム」という。紹介されている遺跡の中には、地元に研究者がいたり、記念の施設があったりで、訪問できるところもある。
まもなく平成が終わるが、ジャーナリストで、大学でも教える後藤謙次さんは、学生たちに「ダークツーリズム」を推奨しているという。近著『10代に語る平成史』 (岩波ジュニア新書)でそう語っていた。「今日の繁栄は尊い犠牲の上にある」ことを確認するためだ。実際に行かなくても、本書を通じて、紙上で「ダークツーリズム」の疑似体験もできる。
著者の斎藤さんは、こうした遺跡を巡る旅について、「旅先にあって、さらにもう一つの旅路をたどっているような、不思議な興奮を覚えてしまう」と書いている。日本の近代化に向けての営みと、戦争の痕跡――著者は大変な苦労をしてそれぞれの遺跡を実際に訪ねているので、なかなかリアリティがある。短期間ではできない仕事だ。有名なものだけでなく、無名なものも含めて総まとめにしたという点でも貴重だ。一覧性があるので手元に置いておきたい一冊だ。
本書で取り上げられている水上特攻艇については本欄で関連図書として、『改訂版 つらい真実: 虚構の特攻隊神話』(同成社)、『特攻――自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』(新日本出版社)、『ベニヤ舟の特攻兵――8・6広島、陸軍秘密部隊レの救援作戦』(角川新書)などを紹介している。離島への旅では、『秘島図鑑』(河出書房新社)、『トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『ニッポン 離島の祭り』(グラフィック社)なども紹介している。
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