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「ゲバラ」が明治の「お雇い外国人」になっていた!

青い眼が見た幕末・明治

 幕末から明治にかけて多数の欧米人が日本を訪れた。本書『青い眼が見た幕末・明治――12人の日本見聞記を読む』(芙蓉書房出版)は、彼らが残した滞日記を読み直したものだ。

 ゴンチャローフ、ハリス、ヒュースケン、オールコック、アーネスト・サトウ、ベルツ、イザベラ・バードなど教科書にも登場する有名人の名前が並んでいる。いわば彼らの著作のエッセンスを抜き出したアンソロジー。日本をどう見ていたのか。初耳のエピソードもあって参考になる。

『青い眼の琉球往来』

 著者の緒方修さんは1946年生まれ。中央大学卒。文化放送記者・プロデューサーを経て1999年より沖縄大学教授。早稲田大学オープン教育センター講師、東アジア共同体研究所琉球・沖縄センター長、NPOアジアクラブ理事長なども務める。かなり若い時から沖縄に魅せられ、何十回も通っているうちに居ついてしまった。

 多数の著書があるが、BOOKウォッチでは『青い眼の琉球往来』(芙蓉書房出版)を紹介済みだ。1853年にペリーの黒船が浦賀に現れる以前から、琉球国には欧米の大型船が頻繁に訪れていたことを、一般読者向けにまとめた好書だった。

 例えば、1816年には早くも英国の軍艦ライラ号がやってきた。艦長は英国に戻ってから『朝鮮・琉球航海記』を出版、欧州各国語に翻訳され、大いに読まれたという。その後もたびたび欧米の大型船が訪れ、フランスの神父は44年から2年間滞在、「琉球日記」を残している。「1万語以上を収録した辞書」まで作っていたそうだ。

 幕末の開国というと、どうしても1853年のペリー浦賀来航を軸にした江戸幕府の動きを中心にして考えがちだが、清との濃密な関係もあって、琉球国には欧米人の来訪が早かった。

戦前は「非売品」の本も

 本書は、琉球国に詳しい緒方さんが、改めて江戸に目を移し、幕末から明治初期に来日した外国高官らが日本にどんな印象を持っていたか、彼らの残した著作から探ったものだ。以下の12の文献をもとにしている。

 ・ゴンチャローフ『ゴンチャローフ日本渡航記』
 ・ハリス『日本滞在記』
 ・ヒュースケン『ヒュースケン日本日記』
 ・オールコック『大君の都―幕末日本滞在記』
 ・サトウ『一外交官の見た明治維新』
 ・アルミニヨン『イタリア使節の幕末見聞記』
 ・スェンソン『江戸幕末滞在記』
 ・ブラントン『お雇い外人の見た近代日本』
 ・メーチニコフ『回想の明治維新』
 ・マウンジー『薩摩反乱記』
 ・トク・ベルツ編『ベルツの日記』
 ・イザベラ・バード『日本奥地紀行』

 いずれも邦訳書をもとにしている。それぞれの内容を紹介するにあたり、さらに関連文献も参照している。本国では幕末から明治期にかけて出版されたものが多いが、邦訳は時代を下ってからのものも少なくない。

 例えばサトウの『一外交官の見た明治維新』は、日本では1938(昭和13)年、「公表をはばかる箇所は、全部削除」されたうえで、非売品として配布。見ることができたのは少数の研究者のみだった。

 同書は戦後もしばらくたった1960年に岩波文庫で刊行され、これまでに70刷以上になっている。ロングセラーに意外な過去があったことを知らされる。内容面で、戦前の為政者にとっては国民に読ませたくない好ましからぬ記述があったのだろう。

明治政府は太っ腹

 本書に登場するのは、いわゆる外交官が多いが、異色なのはメーチニコフ(1838~1888)。ロシア出身。ナロードニキ系の革命家。ロシアを追われ、欧州を転々としていた。無政府主義者のバクーニンとも親交があったという「危険人物」だ。

 ところが、なぜか1874年から2年間、明治政府の「お雇い外国人」となり、東京外国語学校でロシア語を教えていた。緒方さんは「チェ・ゲバラを東京外大のスペイン語教師に呼ぶようなもの」と明治政府の大胆さに驚いている。

 日本とつながるきっかけは73年に、ジュネーブ留学中の大山巌(のちの陸軍元帥)にフランス語を教えたことによる。メーチニコフは語学の天才で13か国語ができたという。したがってずば抜けた国際通でもあった。ちょうど訪欧中の岩倉使節団の面々とも会っている。

 大山はスイス人から「政府の武官であるのに、有名な革命家に勉強を習っていいのか」と聞かれたそうだ。「彼らは政治上で志を得なく、海外に亡命しているのにすぎない。彼らが成功していれば、今の政府要人に勉強を習うだけだ」と胸を張って答えたという。

 メーチニコフは来日前にすでに大著『日本帝国』をフランス語で出版していた。来日後も日本の民衆史や明治維新について独自に研究している。大塩平八郎の乱やそれを支えた被差別者の存在も知っていた。「目のつけどころが違う」と緒方さんは感心する。

 東京外語ロシア語科の基礎を築いた人物であることは間違いないようだ。彼の弟はのちに免疫学でノーベル生理学・医学賞を受賞している。兄は、トルストイの小説『イワン・イリイッチの死』の主人公のモデルだという。とてつもない三兄弟だ。

幕末の天皇の置かれていた状況

 このメーチニコフの例でもわかるように、逐一手に取って読むのが大変な当時の滞日外国人の日本見聞記を、緒方さんの視点でエピソードを軸に手際よく紹介しているのが本書だ。

 幕末の天皇の置かれていた状況についても記されている。米国の初代日本総領事タウンゼント・ハリス(1804~78)は57年に来日。日米修好通商条約の交渉役となるが、彼の『日本滞在記』には、58年1月28日に、幕府の上層部と「ミカド」についてやりとりした記述が残る。

 「彼らは、ミカド(帝)について殆ど軽蔑的に語り、日本人がミカドについて払った尊敬について私が若干の言葉を引用したとき、彼らは呵々と大笑した。彼らの言うところによれば、ミカドは金も政治権力もなく、日本で尊重される何ものでもない。彼は一介の価値なき人にすぎぬと」

 まさかその10年後に明治維新になるとは、このとき幕府の要人らが全く想定していなかった様子がうかがえる。

 1859年から62年までイギリスの初代駐日総領事を務めたオールコック(1809~97)も書いている。

 「現在の天皇(ミカド)は、クローヴィス(メロヴィング王朝のフランク王。464~511)の最後の子孫(シルデリク三世。在位741~751)そっくりで『物悲しく孤独で、弱々しく衰え、実権をともなわぬ王位』を保ち、虚飾にみちたわずらわしい無用の一生をため息とともにすごす運命にあり、監獄そのものの宮殿の門を出ることは許されない」

 オールコックは売春宿も視察、日本の女郎についても書いている。「日本では人身売買がある程度行われている」としつつ、「一定期間の苦役がすんで自由の身になると、彼女たちは消すことのできぬ烙印がおされるようなこともなく、したがって結婚もできる」ということに驚いている。

 本書では「唐人お吉」がハリスの妾という話はフィクションだとしているが、本書の登場人物の中には、日本女性と昵懇になった人がいたことを明かしている。明治時代の日本では、遊女から首相夫人になった女性もいたことなども紹介されている。

祖父は宮崎滔天と東亜同志会を結成

 緒方さんの家系は、熊本士族のなれの果てだという。祖父は宮崎滔天と東亜同志会を結成し、孫文の革命を支持。アメリカのデンバーから欧州経由で帰った孫文を香港で迎え、上海までの船旅に同行したという人物だ。「我が家の歴史を辿るだけで明治の匂いが立ち昇ってくる」と書いている。身内には共産主義者や元共産主義者、陸軍中佐らが入り乱れ、日本の近代史の混沌を凝縮したような一族だった。

 緒方さん自身は、特定の「主義」を信じない立場だというが、「日本の一番南の端に住んでいると、沖縄は日本の植民地、日本はアメリカの植民地ということがよく見えてくる」とも書いている。長年にわたり多数の米軍基地がある沖縄は、ベリーが浦賀に行く前に立ち寄って中継基地にした島だ。アメリカはその後、沖縄での地上戦を経て日本との戦争に勝ち、占領軍の代表として日本を支配した。そうした幕末からの歴史の延長が、沖縄からはよく見えるということなのだろう。本書の第二部では「幕末・明治 サイド・ストーリー」と題し、「英仏の毒牙が日本に届かなかった訳」「自覚的にうそをつく組織としての官僚制度」などについても論じている。

 BOOKウォッチでは『欧米人の見た開国期日本――異文化としての庶民生活』 (角川ソフィア文庫)、『逝きし世の面影』(平凡社)、『音吉伝―知られざる幕末の救世主―』(新葉館出版)、『黒船来航と琉球王国』(名古屋大学出版会)なども紹介済みだ。

BOOKウォッチ編集部 aki)  


 


  • 書名 青い眼が見た幕末・明治
  • サブタイトル12人の日本見聞記を読む
  • 監修・編集・著者名緒方修 著
  • 出版社名芙蓉書房出版
  • 出版年月日2020年6月25日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・264ページ
  • ISBN9784829507926
 

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