木村カエラさんの本書『NIKKI』(宝島社)は、音楽、家族、そしてデビュー15周年の日々を綴った初の日記エッセイ。2019年1月から2020年3月までの、ライブやレコーディングや撮影の日、人生のターニングポイントとなった日、家族や友人と過ごした日、学校行事に参加した日など、木村さんのベールに包まれた日常をのぞき見できてしまう一冊となっている。
木村カエラさんは、1984年東京都生まれ。2004年、メジャーデビュー。13年、自身が代表を務めるプライベートレーベル「ELA」設立。18年、初の描き下ろし絵本『ねむとココロ』(株式会社KADOKAWA)を出版。19年にデビュー15周年を迎え、デビュー日である6月23日に日比谷野外大音楽堂でアニバーサリー公演を実施。歌手活動にとどまらず、モデルやアパレルプロデュースなど幅広い分野で活躍している。木村さんが本書のはじめに書いた自己紹介には、個性的な雰囲気がにじみ出ている。
「どうも。木村カエラです。......歌をうたってます。......デビュー当時は19歳。子どもの頃から夢は歌手でした。奇抜な髪型にメイク、私だけが着れると信じて選んだスタイリング。POPな世界観と、EDGEの効いた世界観のループ。私だけの愛しい妄想たちは具現化され、作品となり、世の中に出回った」
「人間は歳とともに変化する。それが素晴らしい。それが一番面白い。そして美しい。今の私は35歳。結婚して子どもも二人いる。だいぶ変わった」
木村カエラさんに対して、妖精のような、半分物語の世界の人のような、そんなイメージを評者は抱いていた。本書に木村さんは、日々の生活や感情を自然体に綴っている。さすがアーティスト。感受性、想像力、創造力に優れていて、もともとのイメージに近かった。チャーミング、神秘的、そして芯の強い女性であることがよくわかる。
本書は「2019 Winter」「2019 Spring」「2019 Summer」「2019 Autumn」「2019-2020 Winter」の構成。曲づくりの裏側、さまざまなアーティストとの関係、夫婦のやりとり、子育て......と、これまで語られなかったエピソードが満載。本人による手描きイラストも見どころ。歌詞の延長のような、テンポ感のいい文章だ。
木村さんは2010年に結婚、第一子(男児)を出産。13年に第二子(女児)を出産している。評者は木村さんが歌うEテレ「わしも」のテーマソングは聴いていたが、出産後は仕事をセーブしているのかと思っていた。しかし実際には、昨年はデビュー15周年だったこともあり、かなりのハードスケジュールをこなしていたようだ。
木村カエラさんの日記と聞くと、著名人の日記というフィルター越しに読んでしまいそうになる。しかし、読み始めて間もなくフィルターは取り払われ、同じ女性、妻、母、人間として、共感できるところが多々あった。はじめにこんな悩みを書いている。
「デビュー10周年を迎えたあたりから、私はなんとも言えない感情に悩まされた。『わたし、このままでいいのかな』いつしかこの言葉が私を支配するようになっていった。それはきっと、作り上げてきたからこそ守っていきたい木村カエラ像と、人間として変わっていきたい素直な自分との間に生まれてきた葛藤だった」
そこから5年、この感情と戦ってきたが、なかなか抜け出すことができずにいた。そんな矢先、本書の話をもらい「やるべきだと感じた」という。「本当はもっと早く、変化していく自然な自分を、みんなに見てもらいたかったのかもしれない」。
「わたし、このままでいいのかな」は、ある程度の年齢になれば多くの女性が直面する悩みではないだろうか。木村さんの場合はアーティストとしての自分と、プライベートの自分だが、たとえば一人の人間としての自分と、妻、母としての自分など。本書を読むまでは特に共通点はない気がしていたが、本質が同じ悩みを持っていたのだなと身近に感じた。
ここではまず、同世代の女性として「まさに!」と共感したエピソードを紹介したい。
【2019年1月16日】
子どもが生まれた瞬間、自分を置いといて、子どものために生きるようになる。それと同時に、自分と向き合う時間がなくなり、ある時、自分がいったい何者なのか、何が好きだったのか、今何が楽しいのか何をしたいのか、分からなくなる。......子どもといることに生きがいを見つけてしまったから。......自分より大切なもの。でも、いつか子どもが私の手を離れた時、突然私には自由がやってくる。その日のために、日々を積み上げて怠けちゃいけないと思った。
これは「わたし、このままでいいのかな」に通じるものがある。ごく限られた人にしか就けない職業で、どれほど知名度があったとしても、それとこれとは別問題のようだ。傍から見れば完璧な条件が揃っていても、本人の心の内までは到底推し量ることはできない。次に、アーティストと妻、母という異世界を行ったり来たりする木村さんの頭の中は、一体どうなっているのか。
【2019年3月19日】
家に帰って、子どもたちと過ごし寝かしつけてから、片付けをして、歌詞を書いた。もう、一曲の歌詞を書くのに、全く違う内容で8個も歌詞を書いている。まとまらない......。早く歌詞を書く脳みそも目を覚ましてほしい。書きたいことがあるにもかかわらず、しっくりこない。なんかカッコつけようとしてる自分が邪魔をしてる気がする。そろそろ命削らないと。
最後の「命削らないと」にドキッとした。表側から見えているのは作品の一部であり、裏側には過酷な創作過程の痕跡がしかと刻まれていることがわかる。最後に、「ミモザ」という歌の歌詞を書いているとき、夫への想いがあふれてきたエピソード。
【2019年6月5日】
私は彼を本当に愛している。それを実感した。夫婦か......。年月をかけて、作り上げてきたもの。家族。そこでは、お互い相手を憎むほど喧嘩をしたり、会話の少なさから生まれる気持ちのすれ違いが何度も起きる。相手のいいところも悪いところも全部知った上で、全てを愛してあげようと決めるまで、そこまでが大変だった気がする。私は本当の愛の中にいる気がした。
詩的なラブレターを読んでいるようだ。木村さんは「何より日記っていいです。書くとスッキリする」と書いているが、こんなふうに感性の赴くまま想いを記録しておけたらいいなと思った。おわりに、デビュー15周年の一年間を「無我夢中で走った一年。それはとてもいい経験でした」と振り返っている。
「何より、自分の存在意義をみんなから教えてもらえた気がします。存在意義は、自分が存在している意味や価値のこと。その宝が見つかった瞬間、それは生きる喜びに変わっていきました。......日記を書き始める前にあった、『わたしこのままでいいのかな』の不安は、もうここにはありません。今は『わたしこの先どうなっていくのかな』とワクワクしています」
木村さんは大切な家族がいて、次々と仕事も舞い込んでくる。「存在意義」を実感し、自身をさらに磨こうと前を向いている。この「存在意義」をどれだけ感じられるかは、ものすごく大事なことだと同感する。一般的には、数万人の前で歌ったり求められたりすることはなく、いまの環境で存在意義をパッと見つけることはなかなか難しい。それでも、まったく別の世界で奮闘している木村さんの言葉に、自身を重ねてがんばろうと思えた。
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