マリリン・モンローが亡くなったのは36歳の時で、遺体が発見された時、手には、受話器を握っていた――。「36歳。死ぬにはとてつもなく若いけれど、生きているとそう若くはない年齢」「いつか私も36歳になるのだろうか」「その頃、私はどんなふうに生きているのかな」。これは作家のLiLyさんが10代のころ「プリクラまみれの日記帳にアリみたいに小さな文字」で記したもの(抜粋)である。
26冊目となる著書『オトナの保健室』(宝島社)は、LiLyさんが36歳から38歳までの2年間を綴ったエッセイ集。本書は「37歳、輝く季節が始まる!」がキャッチコピーのファッション雑誌「otona MUSE」(2018年11月号~2020年9月号)の連載「ここからは、オトナのはなし」を加筆修正したもの。同連載の書籍化第3弾。Amazonで本書のレビューを見ると、星5つがズラリ。同世代の女性の共感を呼び、絶大な支持を得ているようだ。
「モンローの孤独を『わかる』なんて絶対に言えない。だけど、会話の中にあるそのような温もりを求めて、受話器に手を伸ばす心理そのものはものすごくよくわかる。この本は、30代後半戦を生きる"女の子"たちのこころとカラダと運命の記録。――ここはオトナの保健室」
LiLyさんは、1981年生まれ。ニューヨークとフロリダでの生活を経て、上智大学卒。10歳から1日も欠かさず日記を書き、25歳の時『おとこのつうしんぼ――平成の東京、20代の男と女、恋愛とSEX』(講談社)でデビュー。リアルな描写が女性の圧倒的支持を得て、ファッション誌で多数のエッセイ・小説の連載を持つ。2児の母。
本書は23編のエッセイを収録。1編が10数ページ。目次には、30代後半女性のアンテナに引っかかりそうなタイトルが並ぶ。
こころとカラダ、あと運命/幸運、引き寄せの法則/白無垢とストリップ/男のタイプ、相性、引火具合/時の流れと「本」の中の友達/オトナの保健室/オトナとミューズ/樹木希林と内田也哉子/離婚後の男と女/夫婦関係末期の地獄/楽観とロマン/クルクルまわる、世界と君と/元カレ成分/デイドリームおばあちゃん/オトナの誕生日/タイムマシーンの行方/何度でも過去と再会/TOKYO ADULT GIRLS/遂にカラダと向き合う年頃に/「緊急事態」直前のマドネス/自分の世界はこの手の中に/闇深きデイドリームと現実と/「ごめんなさい」を手放す勇気
26歳で「約10年ほどのリアルな男女経験の知識を頭に、最大のロマンを胸に、覚悟を決めて」結婚した。しかし、33歳で離婚を選んだ。LiLyさんの経てきた紆余曲折、友人知人とのざっくばらんなやりとり、その時々に湧き上がってくるむき出しの感情を総動員して、恋愛、結婚、離婚、家族、仕事などをテーマに縷々綴っている。
「デビュー作から一貫して『共感されること』を目指して書いたことは一度もなくて。エッセイを書く時に私自身が心がけることがあるとすれば、自分の心に嘘をつかないこと。自分の目で見た世界を描くこと。その二点のみ」
日々の悩みも葛藤もあれもこれもフランクに綴った文章は、ラジオをつけっぱなしで聴いているような、友人と気兼ねなく話し続けているような、ラフな感覚で読んだ。エッセイを書く時に心がけているという二点は、そのまま実践されていた。
どのエッセイも濃厚だが、ここでは30代後半女性が例外なくぶち当たるであろう壁の衝撃をやわらげてくれるエピソードを紹介しよう。テーマは「おばさん」。
LiLyさんが書いているように、このぐらいの年齢になると、自分が「だらしない体型&品のない行動=『おばさん』」のカテゴリーに身を置いているかもしれない......と思うものだろう。「素敵なおばあちゃん」にはなりたいけれど、途中経過となる「おばさん」「美魔女」「中年」「熟女」はイヤというLiLyさん。では一体、今は、何者なのだろうか?
エステ中そんなことを考えながら、LiLyさんはエステティシャン(55歳)に「50代ってどうですか?」と尋ねる。すると「だいぶ、生き心地が良くなってきたよ」「やっぱりオンナとしては、ね......見た目の美しさと内側の成熟さのバランスが最高という意味でも、オンナとしての黄金期は30、40代じゃないかな」と返ってきた。「嗚呼、そうだったッ!」と、LiLyさんは思わず飛び起きたいくらいの気持ちになった。
「もう、おばさん? ううん、全然。この中にある『黄金の輝き』が自分にとっては『普通』と化して見えなくなるほどに、『オトナのオンナ』が板につき始めたみたいだよ」
評者の実感としては、ほんの数年前は20代で「若者」のカテゴリーに属していたはずが、30代半ばごろから「おばさん」のカテゴリーに属していると思うようになった。それ以来、うっすらとした自虐と諦めを感じながら過ごしている。このエピソードを読んで、同世代の女性の心の内はやっぱりそうかと安心した。自分に「おばさん」のラベルを貼ったりせず、もっと年齢から自由になったらいいのかと思えた。
冒頭の日記にある「(36歳の)私はどんなふうに生きているのかな」と書いた10代の自分に向けて、38歳のLiLyさんは「オトナになった私はあなたとそう変わらない」と話しかけている。
「年齢が30代後半になってもまだ、中にいるのは、そのまんまの"女の子"だったりする。でも、38歳になった今だからこそあなたに伝えられることはある。20年後のあなたは幸せだってこと」
「ここ(38歳)から20年のあいだに、またいくつかの辛い夜を迎えてはまた乗り越える。......その頃には今よりもっと人生に対してドン! と構えているはず」
仕事柄、LiLyさんは交友関係も活動範囲も広い。再婚願望はないというが、たびたび恋愛に没頭する。美意識が高く、エステに通う。どの要素をとってもうらやましく感じるが、実際はエッセイからわかること以上にさまざまあるのだろう。そして読者一人ひとりも本人にしかわからない何かを抱えているからこそ、この「保健室」に来たくなるのだろう。
「女の子時代からここまでくるまでに、心に傷もつけてきた。そこまではみんなきっと同じだけれど、自分の痛みと人の痛みを重ね合わせたところで、『共感』というワードを気軽に使うには『個人差』が人生の深いところまでひらきすぎている。だけど、それぞれの持ち場で見てきた地獄の中に類似点を見つけることは可能だから」
「わからないけれど、すごくよくわかるよ」と言い合える、寄り添える、癒やし合うことはできる――。本書は、なんだか体調が優れない時に駆け込める「保健室」の役割を担っている。学生のころ保健室に行くと、日常から離れた特別な空間にいるようで、いつもの教室の光景が客観的に見えたのを思い出す。本書は「オトナの保健室」。読むと今の自分を一歩引いたところから見られるようになり、「こころとカラダ」が元気になるのを感じるだろう。
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