今週行われる米大統領選でも新型コロナウイルスは大きな争点になった。トランプ大統領は自らの失敗から争点をずらすため、感染拡大の責任をすべて中国に押しつけた。これに中国は反発。コロナ禍の影響で、いっきに米中対立が先鋭化していった。本書『新型コロナで激変する日本防衛と世界情勢』(秀和システム)は、軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんが、日本への軍事的脅威を中心に最新の世界情勢を分析した本だ。
黒井さんは1963年生まれ。講談社の週刊誌編集者、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長を経て軍事ジャーナリストに。著書に『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の防衛7つの論点』など多数。
本書の扉に「それでもあり得る北朝鮮のミサイル発射」と大きく書かれているのが気になり、読み始めた。金正恩体制が内部崩壊する局面で、核ミサイルの管理がしっかり保持されない可能性があり、軍の誰かが"憎き米軍"がいる日本を核攻撃してしまえ、と考える可能性があるというのだ。
政権に何があっても軍部がしっかり核管理をしているロシア、中国との決定的な違いがあり、北朝鮮は弱いからこそ危険なのだ、と警鐘を鳴らす。
「防衛省・自衛隊の内部も含めて、『弱い北朝鮮より、強い中国こそ日本の脅威だ』との声は多いのですが、そういうことではありません。両方とも日本にとっては脅威です」 「それどころか、緊張の高まりに対する時間的余裕や、米軍による抑止力などを考慮すると、将来、現実に起こり得る確率なら北朝鮮の核ミサイルの脅威こそ発生の蓋然性の高い脅威といえます」
上記の問題意識から、本書は以下の構成になっている。
序章 コロナで世界情勢はどう変わるか 第1章 日本にとってほんとうの脅威とは 第2章 イージス・アショア撤回と岐路に立つ日本の防衛 第3章 コロナでも変わらない核武装国家・北朝鮮の脅威 第4章 日米安保の現場――いかに中国を封じるか 第5章 世界の敵となったプーチン終身大統領のロシア 第6章 フェイク情報工作という戦争 第7章 緊迫の中東・湾岸情勢と日本外交の誤謬 第8章 日本が生き残るための戦略とは
2020年6月15日、防衛省はイージス・アショア配備計画の撤回を発表した。黒井さんはイージス・アショアの有効性を認める立場から、この撤回を批判している。「イージス・アショアはハワイとグアムを守るもので、日本を守るものではない」「イージス艦のほうが安価」などメディアのイージス・アショアにかんする誤解を挙げ、具体的に反駁している。
イージス・アショアの配備計画が撤回され、「敵基地攻撃能力」論が浮上したが、対北朝鮮にはほぼ役立たないと見ている(ただし中国には有効だとしている)。北朝鮮の実戦用ミサイルはすべて移動式だから、そもそも発見が不可能だからだ。
現実的には、政府はイージス・アショア以外の新たなイージス・システム強化手段を検討しているという。イージス艦の増勢、あるいは海上にイージス・システムを設置するメガフロートを建設する案が挙がっている。
米朝会談の一連の交渉を分析し、金正恩委員長は「最初から非核化する気はなかった」と断言している。
「シンガポールで署名された『米朝共同声明』を見ると、どこにも『北朝鮮の非核化』とは書いていない。書かれているのは『朝鮮半島の非核化』である。これはすなわち『北朝鮮だけが非核化するのではない』ということであり、米軍が北朝鮮を攻撃できる核戦力を持つ以上、自分たちも核放棄はしない、という北朝鮮の強い意思がにじみ出ている」
北朝鮮の脅威のほか、中国、ロシアなどのサイバー・スパイ工作や陰謀論サイトの浸透を指摘しているのが印象に残った。EUの外交機関「欧州対外活動庁」の報告書では、ロシアや中国が新型コロナについて、意図的に拡散したフェイク情報を例示しているという。
「牛乳がCOVID-19に効く」 「そもそもコロナ感染は起きていない」 「大手製薬会社の金儲けが目的のアメリカ製人工ウイルス」
中国、ロシア、イランを中心とする人権抑圧国家の陣営が、孤立を避けるために協力関係を深めつつある、というのだ。新型コロナにかんする情報がこうした工作のネタになっているとしたら、これまで以上にネット記事を吟味することが求められているのではないだろうか。軍事が核やミサイルなどの武器に止まらず、ネット空間を通して家庭にまで浸透しているのが現代の軍事なのだから。
BOOKウォッチでは、黒井さんの『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)のほか、『兵器を買わされる日本』 (文春新書)、『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報社)、『サイバー戦争の今』 (ベスト新書)などを紹介済みだ。
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